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聖者ダッタトレーヤ

2019-01-16 Wed : インドの聖者
聖者ダッタトレーヤ

偉大な聖仙アトリの妻であるアナスヤは、ブラフマー神、ヴィシュヌ神、シヴァ神に等しいような息子を得るという願いを叶えるために、非常に厳しいタパス(苦行)を長い間行じていた。
神に等しい夫にひたすら仕える、偉大な女性アナスヤの貞節の美徳と長期の厳しいタパスの功徳により、三神に等しいような息子を神秘的に授かった。

ダッタとは、天賦の顕れを意味し、トレーヤとは3つを意味する。
三神の顕れという、そのものを表す名だ。

一つの胴体に、3つの顔、6本の腕、2本の足を持つ神様だ。
三神のエネルギー光線を放ち、偉大な賢者でもあり、
「アヴァドゥータ・ギーター」というヴェーダンタの真理や奥義、真我実現の直接的な体験を表したウタを著した。
完全に解放された魂である。

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・ダッタトレーヤのそばには、どんな願いでも叶えるカーマデーヌという雌牛が必ずいる。
この牛は、母なる地球と正義を象徴している。

・また、必ず一緒にいる4匹の犬は、4つのヴェーダ(知識)を象徴している。

・右手に持つトリシュールは、彼が3つのグナ(この世を構成する質)を超越した存在であることを象徴している。

・左手に持つホラ貝は、普遍の原初音オームを象徴している。全ての創造の根源に存在する波動だ。
空の元素を象徴している。

・右手に持つスダルシャナ・チャクラ(円盤)は、彼が時間の縛りのない状態を生き、「過去現在未来」という時間を超越した存在であることを象徴している。
風の元素の象徴でもある。

・右手に持つ棍棒は、火の元素の象徴だ。

・左手に持つカマンダルという入れ物(水を飲む時や施しを乞う時に使う)は、水の元素の象徴だ。

・左手に持つ蓮の花は、地の元素の象徴だ。

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このように描かれるダッタトレーヤには、24のグルがいると言われている。

(神話ー聖者ダッタトレーヤの24のグル)
   スワミ・シヴァーナンダ大師の「Guru Tattva」より

あるとき、ダッタトレーヤが幸せに満ちて森の中を歩き回っているとき、ヤドゥ王に出会った。ヤドゥ王は、ダッタトレーヤがとても幸せそうに見えたので、幸せの秘密と彼のグルの名前を尋ねた。

ダッタトレーヤは答えて言った。
「内なる真我のみが、私のグルである。 
しかし、24のものから智慧を学んだので、それ故にそれらは私のグルである。」

ダッタトレーヤは、24のグルの名前を述べて、それぞれから学んだ智慧を説明した。
1.大地、2.水、3.風、4.火、5.空、6.月、7.太陽、8.鳩、9.ニシキヘビ、10.海、11.蛾、12.蜂、13.蜂蜜を集める人、14.象、15.鹿、16.魚、17.ダンサー・ピンガラ、18.ワタリガラス、19.赤ちゃん、20.未婚女性、21.蛇、22.弓矢を作る職人、23.蜘蛛、24.カブトムシ

1.大地から、忍耐と他者に良いことをすることを学んだ。なぜなら大地は、人類がその表面で犯す全ての傷に耐えながら、それでも穀物や木々を生産して、人類に良いことを与えている。

2.水から、純粋の質を学んだ。純粋な水が他を浄めるのと同じように、純粋で、利己心、性欲、エゴイズム、怒り、強欲などから自由になった聖者は、彼と触れ合うためにやってきた全ての人々を浄めることができるということを。

3.風は、様々な対象物から対象物へと移動している。しかし風は、そのどの対象物にも愛着を持つことがない。そこで、風から学んだ。私が大勢の人と移動していようとも、愛着を持たずに風のようにあれば良いと。

4.火は煌々と燃え上がる。故に、聖者も火のように、知識とタパス(苦行)の光輝で煌々と燃え上がっている必要がある。

5.空は、その中に風、星、雲たちを存在させているが、空はそのどれとも接触していない。これにより、空から学んだ。アートマン(真我)は、全てに浸透しているものだが、それでもどの対象物とも接触していないということを。

6.月はいつも完全だが、月に写る地球の影の変化によって、減じていく月と満ちていく月が現れている。この現象から学んだ。アートマン(真我)は、常に完全で不変であるが、限定的な付属物(エゴ、知性、マインド、ボディ)がアートマンに影を投げかけているだけだと。

7.太陽は、色々な水の壷に映って、色々違った光を反射をする。同様にブラフマンは、マインドを通過した光の反射によって生じた付属物(ボディ)のために、色々違った顕れをする。この事を太陽から学んだ。

8.ある時、若い小鳩たちを連れた一対の鳩を観た。猟師は網をかけて、小鳩たちを摑まえた。母鳩は、子供たちに大変な愛着を持っていたので、生命の危険も顧みず、網に飛び込んでいき、摑まえられた。雄鳩は、雌鳩に愛着を持っていたので、雄鳩も網に落ちていき、摑まえられた。このことから、愛着が束縛の原因であることを学んだ。

9.ニシキヘビは、食べ物のために動き回らない。なんであろうと得たもので満足し、一カ所にいる。この事から学んだ。何を食べようかということにマインドを使わず、何であれ頂いたものを食べて満足することにしようと。

10.海は、何百という川が流れ込んでいるのに、動かない。同様に、賢者はあらゆる誘惑や困難、トラブルの中にあっても、不動である必要がある。これが、海から学んだレッスンだ。

11.蛾は、火の明るさに夢中になって、火に落ちて焼かれてしまう。同様に、情熱的な男性は美しい女性に恋をして、最後に悲しみを経験する。視覚を制御し、マインドを真我にしっかり固定することが、蛾から学んだレッスンだ。

12.黒いミツバチが、色々違う花から蜂蜜を吸い、また1本の花だけから吸わないようにしていた。それで、私も施しの食べ物をもらうとき、1つの家から少しだけ、別の家からも少しだけを頂き、空腹を満足させることにしよう。そうすれば、家庭を持つ人たちの負担にならずに済む。

13.蜂は、非常に苦労して蜂蜜を集める。しかし、蜂蜜を集める人は、簡単にそれを収穫する。同様に、人々は、富やその他のものを非常に苦労して貯め込むが、死神がやって来た時、それらを直ちに手放し、旅立たなくてはならない。このことから、ものを貯め込むことは無益だと学んだ。

14.雄の象が、性欲によって盲目となり、紙で作られた雌象に突進し、草の下に仕掛けてあった罠に落ちてしまった。象は捕まり、鎖につながれ、突き棒で拷問される。同様に、情熱的な男性は、女性の罠に落ち、最後に悲しみを経験する。故に、性欲は落とす必要がある。この事を象から学んだ。

15.鹿は、音楽を愛するので、ハンターによって音楽に誘われ、罠に摑まえられた。同様に、淫らな女性の音楽によって魅惑された男性は、破壊に至るだろう。卑猥な歌には耳を貸すべきではない。この事を鹿から学んだ。

16.魚は、食物を常に物色しているが故に、釣りの餌に簡単に引っかかってしまう。同様に、食物に強い欲求を持っている人は、味覚が最上位に立って彼自身を支配しているので、自身の独立性を失っており、簡単に不幸を経験する。したがって、食物に対する貪欲さは、破壊される必要がある。この事を魚から学んだ。

17.ピンガラというダンサーが、ヴィデーハという町にいた。ある夜、彼女は顧客を探すことに疲れ、絶望的になった。しかし彼女は、自分がその夜持っていたもので満足をした。すると、安眠することができた。この事から、望み(願望)を放棄することが満足を導くということを学んだ。

18.ワタリガラス(普通のカラスより大型)が肉片を拾った。ワタリガラスは、他の鳥たちから追いかけられ攻撃された。ワタリガラスは、肉片を落として、平和と休息を達成した。同様に、全ての人が感覚的な楽しみに夢中になるとき、結果としてトラブルと惨めさを経験するが、その感覚的な楽しみを捨てると、この鳥のように幸せでいられる。この事をワタリガラスから学んだ。

19.赤ちゃんは、乳を吸っている時、全ての注意や心配・不安から解放されている。そして、いつも陽気である。赤ちゃんから陽気であることの徳を学んだ。

20.ある未婚女性の両親は、彼女の適切な花婿を探すために出かけていた。女の子は、家で一人だった。両親が不在の間に、同じように結婚相手を探す人たちが、彼女を見るために家にやって来た。彼女は一行を自分でもてなすことにした。
米の脱穀をするために中に入ったが、脱穀の作業をすると、両手にはめているガラスのバングル(腕輪)がジャラジャラと大きな音を立てた。賢い女の子は考えた。「このバングルの音によって、一行は私が脱穀していると気づき、この家は使用人に脱穀させることができないような貧しい家だと思うかもしれない。」
そこで女の子は、左右の腕に一連ずつのバングルを残し、残りのバングルを全て壊した。ところが、たった2つのバングルでさえ、多くの騒音を発した。女の子は、残りの2つのバングルも壊した。すると、彼女が脱穀を続けていても、騒音はしなくなった。

この女の子の経験から、次のことを学んだ。多数の人の中で暮らすことは、不一致、妨げ、論争や喧嘩を引き起こすことがある。2人の間でさえも、不必要な言葉や争いがあるかもしれない。修行に集中する修行者やサニヤーシン(出家者)は、世間を離れ、一人で暮らす必要がある。

21.蛇は、ねぐらにする穴を作らない。蛇は、他者が掘った穴に住む。同様に修行者やサニヤーシンは、自分自身で家を作るべきではない。洞窟や他者が建てた寺院に住む必要がある。これが蛇から学んだことだ。

22.弓矢を作る職人の心は、矢を研ぐことと矢をまっすぐにすることに、全神経を集中させている。このように職人が熱中して仕事に従事しているとき、ある王が全ての従者を連れて彼の店の前を通った。しばらくしてから、ある人がやって来て、王が彼の店の前を通ったかと尋ねた。職人は、何も気がつかなかったと答えた。
この事実は、職人の心がただ仕事にだけ没頭していて、彼の店の前を通ったのが何であるかを彼は知らなかったということ。この職人から、強烈な心の集中度を学んだ。

23.蜘蛛は、口から長い糸を出し、蜘蛛の巣を編み上げていく。蜘蛛は、自分が作ったネットの中に自分自身が絡まっている。同様に、人は自分の考えでできたネットを作り、その中に絡まっている。それゆえ賢い人は、世間的な全ての思考を手放し、ブラフマン(根本原理)だけを考える必要がある。これが蜘蛛から学んだレッスンだ。

24.カブトムシは、ミミズを捕まえ、巣の中にそれを置き、針で刺した。かわいそうなミミズは、カブトムシが戻り針で刺されることを常に恐れ、常時カブトムシのことを考えていたら、カブトムシそのものになっていた。
人は、それが何であれ、その人が常時考え続けている姿形となる。その人が考えるように、その人はなっていく。
このカブトムシとミミズから学んだ。常時アートマン(真我)のことを熟考することによって、自身をアートマンに変えようと。このようにして、全ての身体への愛着をはずし、完全なる魂の解放を達成しようと。


ヤドゥ王は、ダッタトレーヤの教えに非常に深い感銘を受け、世捨て人となり、真我への瞑想を常に実践するようになったという。

霊的成長を求める人は、ダッタトレーヤのように、毎日あなたに起こる事象から、霊的な学び(叡智)を得ていただきたいと願う。


ダッタトレーヤ神の祀られている寺院の中で、インド西部グジャラート州ジュナーガルにあるギリナール山は、巡礼の地として有名だ。
標高1039mの単独の岩山で、石段が9999段あるという。
 
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om tat sat.
om namah shivaya.
皆様にたくさんの祝福と恩恵がありますように、お祈りいたします。



タンジャブールのファイヤー・ヨーギー

2017-04-21 Fri : インドの聖者
タンジャブールのファイヤー・ヨーギ-、
Rambhau Swami

チダムバラムの近郊にタンジャブールという古い町がある。
どういう訳か、この町にファイヤー・ヨーギーがいることを知った。
世界の平和のために火の儀式を行い、自分も供物として火に捧げるが、決して火傷もしないし、彼を包んでいる毛布も焼かれないという。

75歳の聖者、ファイヤー・ヨーギーの物語

ラムバウ・スワミにお会いしたいと思い、連絡を取ってみた。
神様の計らいが働いたのか、ありがたいことに会ってもらえることになった。

お会いしたときの問答。
Swami「なぜ、あなたは私に会いに来たのか?」
私「シヴァ神が、あなたに会うように仕向けてくださったと観じている。ホームページで、スワミは、世界の平和のために、また個々人にエンライトメントがもたらされることを祈って、火の儀式を捧げているということを知った。個々人にエンライトメントがもたらされるようにという祈りは、エンライトメントを得た人にこそ湧いてくる祈りであるので、スワミに会ってみたいと思った。」
それを聞いて、スワミはうむとうなずいた。

Swami「実は、2日後にちょうど自分のグルに捧げる火の儀式が行われる。良かったら来なさい。
普通は、私を知ってから何ヶ月も待たないと、火の儀式に参加することができない場合が多いのだが、あなたは大変運が良い。」
私「ありがたいことです。参加させていただきます。」

当日、火の儀式をお終いまで目撃させていただいた。
一体、何時間続いたのだろう。夜7時半頃までだっただろうか。
自分も座禅を組んで、半瞑想のような状態でずっと観ていた。
ラムバウ・スワミは、この儀式のために瞑想状態に入ってから、14時間位その状態を持続しているという。
fire celemoney 1

tri-agni like trishur
トリシュール(三鈷)のようなアグニ

mother-devine agni
マザーデヴァインのような様をとるアグニ神

翌日も、グルのためのアビシェーカの儀式が行われるので、それにも参加するように請われた。
実は、その日は別の場所へ移動するため、列車の予約を取ってあったのだが、面白いことにその列車は洪水のためにキャンセルになったことをその日の夕方に知った。
やはり、グル・アビシェーカに参加するように仕向けられたようだった。

guru puja
グル・プージャの朝。前日のホーマの火は、まだ煙をくすぶらせていた。

Swami「あなたの願望はなんですか?」
私「特にありません。」

あとで、スワミに呼ばれて、質問を受けた。
Swami「あなたが、火の儀式で観たことを述べてください。」
私「3つのアグニ(火)を観ました。サットヴァのアグニ、ラジャスのアグニ、タマスのアグニの3種です。
火の儀式のすべてのプロセスにおいて、スワミはサットヴァのアグニを培い育てていましたね。
ですから、火は、清められて透明で美しく、自分が今まで観た中で、最も透明な美しい火でした。
ディヴァイン・マザーの火のようでした。だから、スワミは焼かれることはないのですね。」

Swami「そのとおりだ。母の懐に抱かれる子供が心地よいように、私には火に抱かれることは心地よいのだ。」

この2日間の儀式に、幸運にも参加させていただき、たくさんの学びを頂いた。
また、スワミの指示で、彼のお弟子さんが次の旅の行程を世話してくれた。
途中の宿泊や夜行バスまで手配してくださった。
大変ありがたい計らいであった。しかも、お金を一切受け取らずに。

om namah shivaya.
合掌

ヒマラヤ聖者、マハーアヴァター・ババジ

2012-12-11 Tue : インドの聖者
「あるヨギの自叙伝」パラマハンサ・ヨガナンダ著に、ラヒリ・マハサヤが1861年33歳の時、マハーアヴァター・ババジに初めて出会ったときの話が書かれている。

マハーアヴァター・ババジは、Devine Himalayan Yogiとして、今も多くの人を惹きつけ、求める者には祝福と導きを、今も与え続けてくださる偉大な聖者だ。

ラヒリ・マハサヤは、ヒマラヤ山麓のRanikhetに転勤になり、仕事がまだ始まっていなかったので、壮大なヒマラヤの山々を歩き回っていたとき、遠くから自分の名前を呼ぶ声を聞き、ドローナギリ山(Dronagiri/Doonagiri)の頂を目指して登っていったという。

「やがて私は、両側に転々と洞窟の並んでいる小さな空き地にたどり着いた。見ると、岩棚の上に一人の若い男が立っていて、ほほえみながら私を迎えるように手を差し伸べてる。…」 本より引用

ラヒリ・マハサヤと前世でもグルであったババジが再会を果たしたこの洞窟には、ヨガナンダがアメリカ・カリフォルニア州に設立した公益法人Yogoda Satsanga Society of India(Self Realization Fellowship)の名前とCave of Mahaavatar Babajiと書かれ、現在でも誰でもここで瞑想することができるようなっていた。
ありがたい大いなる祝福である。


「近くにマハーアヴァター・ババジの洞窟があるので、明日そこに行きなさい。非常に良いバイブレーションの洞窟なので、好きなだけそこで瞑想してきなさい。」

不思議な導きにより泊めていただいた、あるアシュラムのババジが、このように勧めてくださった。
(天国のような山頂の開けた場所にたたずむアシュラムで、3ヶ月前にグルジがマハーサマーディによりここで肉体を離れたばかりだった。)
ババジの洞窟を訪れてみたいと思っていたが、どこにあるのかわからず諦めていただけに、この祝福に満ちたサプライズに大いに驚いた。
大いなるババジ3人(マハ-アヴァター・ババジ、アシュラムのグルジ、ババジ)の祝福と導きに心から感謝し、言われた言葉に従って、その洞窟へ行って好きなだけ瞑想することにした。

Silence.... 
静寂のバイブレーションとでもいうのだろうか。
聖音が ただ静かに満ちている…。
スバラシイ場であった。

朝、洞窟にはまだ日が差し込んでいなかったのに、戻るときは洞窟の中は明るく日の光で暖かくなっていた。
アシュラムへの帰り道、大きな野生のイーグルが3羽、悠々と空を飛んでいた。


Doonagiri周辺の谷のヒマラヤの山々の頂を、夜12時過ぎに見つめていると、神々や聖者たちの聖なるチャンティングが聴こえてくるかもしれないという。

聖なるバイブレーション。
内なる音(ナーダ)が、この谷の山々を満たすのだという。 

実際、夜中中ずっと、マントラのチャンティングが響き続けているのを、この精妙な聴覚は聴いていた。om namah shivaya と…。

 ああ、祝福よ。祝福よ。祝福よ。
この世の全てに幸あれ。

aum sweet aum

聖仙ヴィヤーサ

2012-05-15 Tue : インドの聖者
聖仙ヴィヤーサ Vyasa

 『原典訳マハーバーラタ』上村勝彦訳/ちくま学芸文庫には、以下のような記述がある。
「聖仙クリシュナ・ドゥヴァイパーヤナ(ヴィヤーサ)は、カーリー(サティヤヴァティー)*1が処女のままで、ヤムナー川の洲において、シャクティの息子パラ-シャラ*2との間に生んだものであり、パーンダヴァ兄弟*3の祖父である。彼は生まれるやいなや、その意思により急速に体を成長させた。この誉れ高い人は、ヴェーダ聖典とその補助学と叙事詩(イーティハーサ)とを修得した。
 何人も、苦行、ヴェーダの学習、誓戒、断食、子孫、祭祀にかけて彼を凌駕することはなかった。最高のヴェーダ学者である彼は、一つのヴェーダを四つに配分(ヴィヤス)した。(だからヴィヤーサと呼ばれる。)彼は高きもの低きものを知る梵仙であり、カヴィ(聖者・詩人)であり、誓いを守り、清浄であった。高名であり福徳の誉れ高い彼は、シャンタヌの家系を維持するため、パーンドゥとドリタラーシトラとヴィドゥラを生んだ。」
(第1巻 第54章2節~6節)

*1 ブラフマンの呪詛により魚となってヤムナー川に住んでいた天女アドリカーと、王仙ウパリチャラ王の間に生まれた男女の双子のうちの女児。
*2 偉大な聖仙
*3 パーンドゥ王の5人の息子たち。戯曲や映画作品として脚色されたマハーバーラタでは、中心的な英雄だ。ユディシティラ(ダルマ神より授かる)、ビーマセーナ(ヴァーユ神より授かる)、アルジュナ(インドラ神より授かる)、ナクラ、サハデーヴァ(アシュヴィン双神より授かった双子)の5人の英雄。


 叙事詩「マハーバーラタ」は、聖仙ヴィヤーサが作ったものであると伝えられる。成立年代は定かではないが、一般に紀元前400年頃から紀元後400年頃に現在の形を整えていったと推定されているそうだ。
 まず副次的な物語を含まない24000詩節の「バーラタ本集(サムヒター)」が作られ、それから聖仙はさらに、150詩節の要約を作ったという。全体では、18巻10万詩節(実際には約75000詩節)。主筋は、偉大なバーラタ族の物語であるが、その主筋の間に、たくさんの神話(例えば、宇宙開闢の神話など)、説話、物語、論説や、「バガヴァッド・ギーター」のような哲学的経典も挿入されている、偉大な超大作である。

 聖仙ヴィヤーサは、純粋性が少しずつ失われ乱れていくその時代性に気づいて、あるいは「トキ」の要請を直観したがゆえに、一つであったヴェーダを四つに分割した。さらに第五のヴェーダとして、古典のヴェーダを知らずとも「マハーバーラタ」を読めばヴェーダのエッセンスがわかるようにと、偉業を成し遂げてくださった。

『気づいた者を通して、自発的に、コトは起こる』のが、自然界の法則。
まさに、これらの偉業も、世の人々への大きな祝福なのだろう。

 また、次のような伝説もある。
「マハーバーラタ」に記述されているが、「ヴィヤーサは、ガネーシャにこの文章を筆記するのを手助けして欲しいと頼んだ。しかしガネーシャは、ヴィヤーサが中断することなく朗誦するならばという条件を出した。ヴィヤーサはそれならばと、ガネーシャは書き写す前に詩節を理解していなければならないという相殺条件を出した。」という。

 このようにして、ヴェーダ・ヴィヤーサは、マハーバーラタの全て、ウパニシャッド、18のプラーナを朗誦し、ガネーシャ神は自分の牙を折ってペン代わりにして、それを書き写したという。
 インド・ヒマラヤの聖地バドリナート(約3000m位)の近郊には、ヴィヤーサがマハーバーラタを朗誦したといわれる「ヴィヤーサの洞窟」とそこから10分程離れたところに「ガネーシャ洞窟」がある。約5000年の歴史があるそうで、神聖なヴァイブレーションが漂う場所だという。


『原典訳マハーバーラタ』上村勝彦訳を読んだとき、非常に惹きつけられるように一気に読んでいた。ちょうど、岡本天明氏がお筆取りしてくださった『日月神示』や出口ふで氏がお筆取りしてくださった『由来記』を読んだときと、非常に似た感覚であった。

 日本でもインドでも、古代においては、神と人は交わりながらこの世を構成していた時代があったという記録でもあるのかもしれない…。

聖仙アガスティヤと聖仙ヴァシシュタ

2012-04-17 Tue : インドの聖者
北インドのガルワール地方、ガンジス川上流にルドラプラヤグという町がある。ガンジス川は、ガンガー女神の顕れであるといわれ、リシケシから川の上流に向かって、5つの大きな合流(プラヤグ)がある。
デオプラヤグ、ルドラプラヤグ、カルナプラヤグ、ナンダプラヤグ、ヴィシュヌプラヤグの5つ。

シヴァ神に縁のあるルドラプラヤグは、アラクナンダ川とマンダキニ川の合流地点である。ルドラプラヤグから車で1時間位の所に、聖者アガスティヤ・ムニが数年滞在していたといわれる町があり、町の名前もアガスタムニという。ここにはAgasteshwar Mahadev Templeがある。
またリシケシから車で1時間位の所に、聖仙ヴァシシュタの洞窟がある。

ヴェーダによると、太古の昔、愛と調和の神である「ミトラ神」と水天(海の神)である「ヴァルナ神」が、美少女ウルヴァシーの愛を得るために争い、ミトラ神は壺の中に、ヴァルナ神は海の中に、それぞれ自分の精子を落としたという。

壺の中からはヴェーダ時代の偉大な7聖仙「アガスティヤ」が生まれ、海からは同じく偉大な7聖仙とされる「ヴァシシュタ」が生まれたという。

聖仙アガスティヤ
・紀元前3000年頃といわれているが、アガスティヤは、最も名高いインドの聖人の一人として知られている。
150cm位の小さな体でありながら、野蛮な敵を打ち負かす戦士であり、狩や弓の名手としても知られる。古代ヘラクレスのように無類の酒飲みの大食漢でもあったという。

・ローパームドラー(Lopamudrai)という妻、姉妹が一人、サガレン(Sagaren)という名の息子がいたという。ローパームドラーは、アガスティヤに献身的な愛を示したといわれ、アガスティヤは修行と家庭生活の双方を両立させたことでも知られる。

・シヴァとパールヴァティーがカイラス山で結婚したとき、あまりにも大勢の神々がヒマラヤに集まったために、地球のバランスが崩れたという言い伝えが南部タミル地方に残っている。
シヴァ神は、地球のバランスを回復させるために、アガスティヤにヒマラヤから南インドに行くことを命じたという。

・医学、カーヤカルパ、タミル文法、ヨーガ等に業績を残す。
グル=シヴァ神。
弟子=ボーガナタル、ババジ、ティルヴァッルヴァル、マッチャムニ。

(参考書籍:『ババジと18人のシッダ』(有)ネオデルフィ発行 等)

聖仙ヴァシシュタ
・叙情詩「マハーバーラタ」にも登場する聖仙。その名は、最も富める者の意。

・望むことを全て叶える聖なる牡牛ナンディンの所有者。
マハーバーラタには、この聖牛を欲しがるヴァス神の妻にほだされ牛を盗んだヴァス神8神を、ヴァシシュタは呪詛し「神でありながら人間の腹から生まれるであろう。」という呪いをかけ、それは実現された。

※行いを悔いているヴァス神たちの呪詛が軽減されるよう、ガンガー女神の慈悲により、ガンガー女神が人間の姿になり、この8神の子供たちを生んだという。
(詳しくは、叙情詩「マハーバーラタ」を読んでみましょう。)


北インドへ旅行される方は、ぜひ一度訪れてみてはいかがだろうか。
その聖者と縁の場所において、心が静まり無心になると、そのバイブレーションに同調するかもしれない。
Blessing 祝福がやってくるかもしれない…。