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聖地「シュリンゲリ」を訪れる

2017-07-13 Thu : 聖地巡礼

南インドの聖地、シュリンゲリ


南インド、カルナータカ州の州都バンガロールからバスを乗り継いで、聖地シュリンゲリへ向かった。


8世紀にヒンズー教を立て直した、アディ・シャンカラという偉大な聖者は、シュリンゲリを訪れたとき、川の畔であまりの暑さにへばっていたカエルを、蛇が日陰を作って救済していたという光景を目にしたそうだ。

通常であればあり得ないことなので、ここは特別な地であるに違いないと観じ、ここに寺院を建設することにしたといわれている。


聖者アディ・シャンカラは、ヒンズー教の大切な神髄、聖なる教えの伝統を護る拠点を、東西南北に建立されたという。

南のシャンカラチャリアの座、シュリンゲリのシュリ・シャラダ・ピータム(カルナータカ州)。

東のシャンカラチャリアの座、プリーのジャガンナート寺院内(オリッサ州)。

西のシャンカラチャリアの座、ドワラカのカリカマート寺院(グチャラート州)。

北のシャンカラチャリアの座、バドリナート近くのジョシマート寺院(ウッタラカンド州)。


4つのうち、最初に建立されたシュリンゲリの寺院は、最も重要視される、ヒンズー教の伝統的な聖地とされているようだ。


shringeri temple gate 


靴を脱いで、寺の入り口から入ると、メインテンプルである、シュリ・シャラダムバ寺院。シュリ・ヴァイディヤシャンカラ&シュリ・トラナ・ガナパティ寺院等があった。


shringeri main temple 


寺の中に流れるトゥンガバドラ川が、聖なる川とされ、ここで身を清めて、人々はテンプル等を参拝する。

川には、たくさんの大きな鯉、あるいは鮒が、餌を求めて集まっていた。壮観であった。


tungabadri river 


トゥンガバドラ川を渡って、別の建物へ向かい、ここを護る聖者シャンカラチャリア、シュリ・ジャガッドグルの謁見をいただいた。当代のジャガッドグルと、向かって左側に次代のジャガッドグルが座っていらっしゃった。


翌日の早朝、聖なる川、トゥンガバドラ川のほとりに座を構え、世界の平和と人々の幸福のために、プージャを行った。

鯉たちが、不思議な位、たくさん集まり、荘厳なさまであった。


その後、聖者アディ・シャンカラもこの辺りを歩かれたのだろうと想いながら、寺院の周りにある森林を歩いていると、古い小さなシヴァ神の聖所があることに気がついた。


shiva shrine 


ふと惹かれて近づいていってみると、初老のプリーストが招くので、祈祷を受けることにした。

そして、プラサードとして、バナナと菓子をいただき、聖所を出て歩き出した。

不思議なことに、このプリーストは、自分たちへのプージャが終わるとすぐに、門を閉じてしまったが。


shiva shrine2 


すると、道の横に太陽の光線を浴びて、きらきら輝くコブラの抜け殻が目に付いた。

脱皮したばかりのようだった。目のガラスまで、脱皮されていた。


cobra skin 


コブラは、シヴァ神が首に巻き付けている、聖なる生き物でもある。

これは、きっとシヴァ神の祝福に違いないと確信し、すこし頂いていくことにした。

この聖地巡礼で、コブラに会えるような気がしていたので、「これだ」という観じだったのだ。


om namah shivaya.

合掌



水の元素を祀る、ジャムブケシュワール・テンプル

2017-03-30 Thu : 聖地巡礼

水の元素を祀る、アップー・リンガム


南インド、タミルナードゥ州にあるティルチィ、あるいは、ティルチラッパリと呼ばれる町。

ここに、ジャムブケシュワール・テンプルがあり、アップー・リンガム(水の元素のリンガム)が祀られている。

ひっそりとした、侘び寂びを観じるような寺院だった。

かつて、ここはジャンブーの森があり、その木の下で、クモとゾウがシヴァリンガを祀る方法を巡って争ったという話が伝わっている。

本殿の聖所は、水を湛えた床下にご神体のシヴァリンガが祀ってある場所。

ここで、祈祷を捧げた。20-30分位だったか。

その間、他のインド人参拝者も、ブラーミンも、誰も邪魔しなかった。

シヴァ神のご加護に違いない。

本来は、ヒンズー教徒以外入れないことになっているのだが。

水の元素を正しく司り給え。アップー・リンガムよ。

om namah shivaya...

aum tat sat.

合掌



空の元素を祀る、チダムバラムのナタラージャ寺院

2017-01-23 Mon : 聖地巡礼

チダムバラムのナタラージャ寺院 


南インド、タミルナードゥ州。東経79度41分、北緯11度23分に位置する。

アカーシャ(空の元素)・リンガムが祀られている寺院。

シヴァ神が、ターンダヴァのダンス(宇宙創造の踊り)を踊られているといわれる地。

踊る(ナタ)ラージャ(王)とは、シヴァ神の呼び名である。


また、ナーガ族の長であるアナンタが、聖者パタンジャリーの姿を取ってこの地に現れ、この重要な地でどのような祭祀を行うことが求められるのかを、正しく教義として残したとも言われている。

アカーシャは、この世の全てを成り立たたせている基盤であるから…。


ウチなる導きのコエは、アルナーチャラのアグニ・リンガム、シュリ・カラハスティのヴァーユ・リンガムの次に、チダムバラムのアカーシャ・リンガムに参拝し祈祷するようにと宣う。


Nataraja temple


火 → 風 → 空 → 水 → 地

この順序で回るようにと。

何故なのだろうか。


ガイドブックには、「本堂内は、他の寺院と同様に、ヒンドゥー教徒以外の立ち入りはできないが、外から中のプージャの様子を眺めることはできる。」と書かれていた。


白い巡礼用の衣服を身につけ、額に赤いティカとヴィブーティ(聖灰)を塗り、いざ参拝。

有り難いことに、すんなり本堂に入ることができ、プージャもしていただいた。

また、アカーシャ・リンガムも、近いところから拝ませていただいた。

にもかかわらず、多額の寄付を要求してきたりしなかった。

今までに、インドではないことだった。


そこでまず、寺院全体を回り、ごあいさつを済ませたあと、本堂の前に立ち、アカーシャ・リンガムの前で静かに祈祷をさせていただいた。


一人一人の心に平安(シャンティ)を。

世界に平安(シャンティ)を。

地球に平安(シャンティ)を。

om shantih shantih shantih.


観光的な要素が増える寺院が多い中で、ナタラージャ寺院は、平和的な穏やかな波動を湛えていた。

そして、謙虚に人々のために祈るということをし続けているブラーミン(神職)たちがいてくれたことが、大変嬉しかった。

どうか、これがこれからも続いてほしいと、心から祈念する。

om namah shivaya.


合掌






風の元素を祀る、シュリ・カラハスティー寺院

2016-11-27 Sun : 聖地巡礼
ヴァーユ・リンガムのある、
シュリ・カラハスティー(Shri Kalahasti) 寺院


内なるコエは、火の要素の次に、風の要素を祀る寺院に行くことを求める。
タミルナードゥ州とアーンドラプラデーシュ州の境界にやや近い所にある聖地で、クリシュナ川沿いに位置していた。

アルナーチャラ(火の要素)、シュリ・カラハスティ(風の要素)、チダムバラム(空の要素)、カンチプーラム(地の要素)、の寺院は、東経79度上に位置する。
特に、後半の3つの寺院は、ほぼ一直線だ。
水の要素を司るジャンブケシュワール寺院(ティルチ) は、東経80度なので少しずれる。
南インドでは、ラーメーシュワラムも、79度ラインだ。

北インドのヒマラヤ地帯にある聖地も、重要とされているものは、ほとんど79度ラインに位置しているのも、大変興味深い事実だ。

例えば、ガンジス川の源流地といわれるゴームク、バドリナート、その奥地にあるサトパンタ湖、ジョシマート、
5つのケダールであるケダルナート、トゥングナート、ルドラナート、マディヤマヘーシュワール、カルペシュワール、
クマウン・エリアのドゥーナギリ、ジャゲシュワールなどもそうだ。


ひっそりとした場所にある、巡礼地シュリ・カラハスティーに到着した。
このお寺、つまりヴァーユ・リンガムを祀るために選ばれた場所のようであった。

ヴァーユ・リンガムのシンボル


巡礼宿しかないようだ。
それで、まずは巡礼宿の部屋を確保してから、寺に参拝した。
参拝後、内なるコエは、裏山の頂きに行くように導いているようだった。

不思議だ。身体が風のように早く、石段を登っていった。
身体が勝手に運ばれていく。

「ヴァーユ神(風神)の計らいか?」

裏山の頂にも小さなテンプルがあったが、そこから少し離れた、町全体とクリシュナ川が見渡せるところへ導かれた。
大きな岩がごろごろしている場所だった。
言われた通り、そこで浄化・清めの祈祷を捧げた。
夕陽が、クリシュナ川にきらきら輝きながら、沈んでいく。美しい光景であった。


翌朝、再び参拝した後、空を見ると、不思議な雲を目にした。
ヴァーユ神の顕れだ!
そのように直観した。

ヴァーユ神の現れの雲

シュリ・カラハスティー


om namah shivaya
合掌

シヴァ神の聖地、火の元素を祀る アルナーチャラ

2016-10-21 Fri : 聖地巡礼
南インドの聖地、アルナーチャラ

タミルナードゥ州、チェンナイから車で3-4時間。
アルナーチャラという聖地がある。
ティルヴァンナーマライという小さな町だ。

南インドに五大元素を祀る寺院が5つあるが、その中の、火・アグニを祀る寺院がここにある。
アルナーチャラ山から見下ろしたアルナーチャラ寺院

そして、ご神体であるアルナーチャラ山は、シヴァ神の現れそのものといわれている。
単独の山で、約691m。東側は崖だが、神聖な場所とされ、
西側には森が広がり、洞窟や隠棲所がいくつもある。

聖者ラマナ・マハルシが生涯過ごした場所でもあり、ラマナ・マハルシのアシュラムもある。

この町に巡礼に来た巡礼者は、シヴァ神の現れである聖なるアルナーチャラ山を想い、静かに山の周りを回る。(ギリ・バラムという)

インドには、次のような言い伝えがある。
"By seeing Chidambaram, by being born in Tiruvarur, by dying in Kasi, or by merely thinking of Arunachala, one will surely attain Liberation."

訳 「チダムバラムを見ることにより、ティルヴァルールに生まれることにより、カーシー(ヴァラナシ)で死ぬことにより、あるいは、
ただアルナーチャラを想うことにより、人は必ず解脱を達成するだろう。」

解脱。すなわち輪廻のサイクルから解放されることは、ヒンズー教徒のすべてにとって、人生の目的であり、悲願であるから。


東のインドラ神の方角からスタートする。
それぞれ8つの方位にリンガムが祀られているので、その寺院をお参りしながら、裸足で歩く。
インドでは、8つの方位を司る神様がそれぞれいらっしゃるので、それに従っている。

東に、インドラ・リンガム。(インドラ神、神々の王)
東南に、アグニ・リンガム。(火神)
南に、ヤマ・リンガム。(死神)
南西に、ニルティ・リンガム。(ラクシャ、魔神)
西に、ヴァルナ・リンガム。(ヴァルナ神、海の神、水神)
北西に、ヴァーユ・リンガム。(風神)
北に、クベーラ・リンガム。(財宝神)
東北に、イーシャ・リンガム。(シヴァ神の古い呼び名)

1周は、およそ14km。
満月の時、ギリバラムを行うことは、大変吉兆だといわれる。
満月の日には、山頂で大量のギーが神に捧げられ、ドラム缶で燃やされる。

一年の内で最も吉兆な満月は、10月または11月(カールティク月)の満月で、
この日に山頂で燃やされる火は、マハー・ディーパムと呼ばれる。
約2トンのギーが燃やされるそうだ。


♪アルナーチャラ・シヴァ、アルナーチャラ・シヴァ♪
♪アルナーチャラ・シヴァ、アルナーチャラ・シヴァ♪


「アルナーチャラの大地のエネルギーを、足からも取り入れよ。」

ウチなる神が、そのようにおっしゃるので、自分も裸足でギリバラムを行うことにした。

2015年11月23日、月曜日。
月曜日は、吉兆なシヴァ神の日だ。
この日は雨が降っていたが、火の大地は、温かかった。
11月なのに、裸足で歩いていても、ちっとも冷たく感じなかった。
不思議だった。

翌日、24日はアルナーチャラ山頂へ登った。
麓を8:30にスタートし、9:45に着いた。(約1:45)

山頂には、火の番人をしている修行者やスワミ、インド軍人の巡礼者などがいた。

大きなオレンジ色の、ギーを燃やすドラム缶もあった。
ギーを燃やすドラム缶

大岩がゴロゴロしている山頂で、この岩がリンガムだと教えてもらった。
アルナーチャラ山頂のリンガム岩


その近くで瞑想をしたいというと、落ちる心配のない岩を指して、「ここでするといい。」と一人の修行者が教えてくれた。
あっという間に、1時間ほどたっていた。
密度の濃い時間というか、満ち充ちとしたサイレンス…。
中心の宙神…。

サイレンスから戻り、ゆっくり立ち上がると、先ほどの修行者が、すぐ近くにある自分のアシュラムにちょっと寄りなさいという。
あとを付いていくと、質素なアシュラムに、兄弟弟子たちが3人いて、お茶をご馳走してくれた。
お礼に、行動食として持っていたバナナを全部プレゼントした。

彼のグルは、Sri Ayya Narayana Guru Swami ji といい、何年も飲まず食わずで瞑想し続けた、偉大な方だそうだ。

下山すると、お寺の周りでは、プラサード(神様に捧げたお下がり)の食べ物を配っていたので、それを美味しく頂いた。

翌日11月25日は、満月。マハー・ディーパムの日。
町中、人でごった返していた。
宿が取れなかった人たちは、お寺入り口付近の空き地に雑魚寝していた。
毎年、このフェスティバルには300万人もの人が集まるというから、すごい。

人混みを避け、この日は、アルナーチャラ山へ登る途中にある、
ラマナ・マハルシが修行していた洞窟のある、スカンダ・アシュラムへ行くことにした。
穏やかで調和的な波動の、ステキな場であった。
スカンダ・アシュラム(ラマナ・マハルシの洞窟)


洞窟の中は静かで、数人が瞑想していた。
自分も場所を見つけて、石の上に座った。
8:30amだった。

2時間位たった頃だろうか。
「om namah shivaya, om namah shivaya ~」、と数回、誰かがマントラを唱える声がきこえた。
パーフェクトなチャンティングだった。

一体誰が?、と目を開いて辺りを見たが、唱えているような人はいなかった。

不思議な体験だった。
12:30にサイレンスから戻り、声がした方向を確認してみたら、ラマナ・マハルシが生前座っていたソファが置いてあり、写真が飾られていた…。


夜に、山頂で点火されたマハー・ディーパム。
下からも、よく見えた。
巡礼者たちは、それぞれの宿の屋上に上がって、お祈りをあげたりしながら、それを見ていた。

自分も、宿の屋上でディーパム(火)を捧げてプージャを行った。
ちょうど、満月のムーンライズも見ることができた、幸運な日だった。

マハー・ディーパムの日の満月


この日に、ここへ来るように導いてくださった、シヴァ神にひれ伏します。

地球が元気を取り戻し、甦りますように。
一人一人の心が、愛と平安で満たされますように。
om namah shivaya, om namah shivaya, om namah shivaya

ガンジス川の源流 その2

2016-09-01 Thu : 聖地巡礼
ガンジス川の源流をたどる旅

リシケシからウッタルカーシーを経て、ガンゴートリへ向かう。
乗り合いジープに乗るなら、通常は2日かかる。
1日で行くならば、朝の5時頃タクシーに乗れば、夕方5時頃にはガンゴートリに到着する。
およそ12時間。悪路に揺られながら、時々トイレ休憩と食事休憩の時間はとるが。

ガンゴートリは、標高約3100m。
ヒンズー教徒ならば、一生に一度は巡礼したいという、ヒマラヤのチャールダーム(4つの巡礼)の巡礼地の一つ。
毎年、雪解け後の4月頃、寺開きがあり、10月か11月の新月、Diwaliフェスティバルの時に、寺はクローズする。
gangotri temple

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ここからトレッキングをスタートする。
バギラティー川に沿うようにして、登ったり、山肌をトラバースしながら、Bhojuwasa (3792m)へ。
14km、およそ7-8時間。
Lal Baba Ashram に泊めてもらった。

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翌日は、標高3892mのGaumukhを経て、Tapovan(4463m) へ。
ゴームクは、牛の口という意味。
ここから、バギラティー川が吹き出しているので、ここが一応ガンジス川の源流ということになっている。
このガンゴートリ氷河も、年々後退しているという。

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ちょうどゴームク上部を通過して、ガンゴートリ氷河を左から右へ渡り、そして結構な急坂を登ると、タポヴァンに着く。
タポヴァンでは、マウニ・ババ(沈黙行をしている修行者)のアシュラムに2泊泊めてもらった。

昔から、多くの修行者がタパス(苦行)を行ってきた場所であるので、タポヴァンと呼ばれる。
神聖な場所であるのだ。
朝日を浴びて、遠くの岩に野生の山羊が光っていた。
目の前にMt.Shivlingが大きくそびえている。
シヴァ神に見守られているような、そんな素晴らしい場で、岩の上に座って、サイレンスにずっと没頭した。

マハラシュトラ州から巡礼にやってきた母子連れがいた。
娘は20才、母は40代。父は、ボジュワサで待っているそうだ。
普通の運動靴で、防寒着も十分ではないが、それでも強い。すごい。。。
ハリドワールから、ずっと歩いて巡礼をしていて、チャールダームとパンチケダールの聖地を巡礼するのだそうだ。

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途中、ヒマラヤン・ブルーシープの群れがやってきた。
他の巡礼者が撒いた塩をなめに来たのだった。

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なんという祝福だろうか。ここにいるということは…。
om namah shivaya

帰りの道のりは、タポヴァンからボジュワサへ、約4-5時間。
翌日、ガンゴートリまで6-7時間を歩いた。

ウチなる神は、パンチケダールの5つの巡礼を終えた後、再びガンゴートリへ来るようにと導き給う。
答えは、イエスしかない。

合計33日間、128kmの巡礼を終えた後、再びガンゴートリにやってきた。
ウチなる導きにただ従って。

そして10日間の行を行い、新月のディワリの日、寺院のクロージングの儀式を見学し、その翌日にガンゴートリを後にした。

この世に平安が満ちるように、人々の心に平安が満ちるように。
自然法の秩序と調和が高まりますように。
全ての人々の魂が救われますように。

om namah shivaya.

聖なるガンジス川とは何か

2016-05-25 Wed : 聖地巡礼

聖なるガンジス川 降下の神話



ガンジス川とは、如何なるものか?
空界(天上界)の清浄な流れであったガンジスは、神々の求めにより一旦天界へ昇り、次に人の魂の穢れを清めるために、地上へ降下したといわれる。

地上に降下し、人々の罪や穢れを清める、最上なる川といわれる大河。
山の神ヒマラヤの長女、ガンガ-女神が川の形をとったもの。
母なるガンガーとも呼ばれる。

ガンジス川の全長は、2525mとされ、最後はベンガル湾に注ぎ込む。
ヒマラヤの標高3892m、ガンゴートリ氷河の麓、ゴームク(牛の口という意味)と呼ばれる場所からバギラティ川が現れる。
このゴームクが、ガンジス川の源流だと考えられている。

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ゴームクとその背後にそびえる、バギラティ峰

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神話によると、
アヨーディヤー国王の威徳に輝くサガラ王が、ある祭式を執行しているとき、祭式用の馬が盗まれた。
王の命令により、サガラ王の6万人の息子たちが、全ての土地を追跡し、祭馬を発見するまで大地を堀り尽くしていった。
地下界を掘っていくと、王子たちは、東の方位に大地を支えている山のような『方位の象』を見たという。
「大象ヴィルーパークシャは、山も森も含めて全大地を頭で支えていた。
時節の変わり目になって、この大象が疲れて、疲労を休めるために頭を振ると、そのとき地震が起こる。」
(引用:新訳ラーマーヤナⅠより)

南の方位には、マハーパドマ象が、
西の方位には、サウマナサ象が、
北の方位には、バドラ象が、頭で大地を支えていた。

王子たちは、次に東北の方向へ進んだ。
(東北は、イーシャ神(シヴァ神)の方向である。)
そしてそこには、クリシュナ神の化身である聖仙カピラがおり、また盗まれた馬もいた。

王子たちは、カピラが盗んだのだと思い、怒りにまかせてカピラに襲いかかった。
しかし、聖仙カピラが放った「フン」という怒りの声によって、6万人の王子たちは灰の塊にされてしまった。

サガラ王は、遠くへ行ってしまった王子たちのことを知り、今度は孫アンシュマトに叔父たちの後を追って、必ず馬を連れ戻すようにと命じた。
アンシュマトは、叔父たちが掘っていった地下界を進んでいき、四方位の守護象に礼儀正しく敬意を表した。
そして、叔父たちが灰の塊にされたところへ行った。
アンシュマトは、叔父たちが灰の塊にされてしまったことを非常に悲しみ、何とか水供養をしてあげたいと思って水を探したが、見つからなかった。
すると、風のように早い鳥の王、スパルナ鳥が現れて、次のように言った。
「人中の虎よ。悲しむのはおやめなさい。この殺害は、世界に幸福をもたらすものですよ。(何故なら世界に幸福をもたらすガンジス川が、彼らを清めるために天界から地上に降下する原因となるのだから。)
この者たちは大力であったが、無量の威力を持つカピラによって焼き尽くされました。
だから、英知の者よ、この者たちを俗世の水で供養しても、効果はありません。
人中の虎よ、偉大なる腕の持ち主よ、ヒマラヤの長女のガンジス川の水で、叔父たちへの水供養をしなさい。
世界を清める彼女は、灰の塊となったこの者たちを洗い清めるでしょう。
そして、この灰が世間の人々の愛するガンジス川の水で濡れると、6万人の王子たちは天国へ行くでしょう。
大きな幸運の者よ、馬を曳いて出発しなさい。勇士よ。そして、祖父の祭式を完成させなさい。」
(引用:新訳ラーマーヤナⅠより)

祭馬が戻り、祭式は完了された。
サガラ王は、ガンジス川を地上に降下させる方法を見いだし得ないまま、3万年という長い間、王国を統治してから天界に昇ったという。
次に王位を継いだアンシュマト王、その息子ディリーバ王も、ガンジス川を地上に降下させて水供養をする方法を見つけられなかった。

ディリーバ王の息子であるバギラティ王は、ラージャ・リシ(王仙)であった。
バギラティ王は、国民と王国を大臣たちに任せて、自分はガンジス川を地上に降下させるために、厳しい苦行に専念した。
恐ろしいまでの苦行を1千年も堅持していると、祖父神梵天が現れ、願いを叶えてもらえることになった。
しかし、直接ガンジス川が地上に降下すると、大地はそれを支えることはできないであろうから、最初にシヴァ神に受け止めてもらうようにお願いせよと言われた。

バギラティ王は、梵天が去った後、足の拇で大地に立って、1年間シヴァ神に敬意を捧げた。
シヴァ神は、バギラティ王の苦行に満足して、ガンジスを頭で支えることを約束した。
そこで、ガンジスは激流となって、虚空からシヴァ神の頭の上に落ちた。
ガンガー女神は、奔流によってシヴァ神を摑まえて、自由気ままに好きな方へ流れようという高慢な考えを持ったが、シヴァ神はこれを知って怒り、シヴァ神の束ねた髪の中から出られなくさせてしまった。
数年間、シヴァ神の髪の中から出口を見つけられなかったガンガー女神だったが、バギラティ王が再び最高の苦行を捧げ、それに満足したシヴァ神は、ガンジス川を地上に放出した。

ガンジス川が放たれると、7つの流れが生じた。
7番目の流れは、バギラティ王の後を付いて流れた。
光り輝く、汚れのない清らかな水は、はじめにシヴァ神の頭に落ちて、再び地上に落ちた。
「シヴァ神の身体から落ちた水は、罪を清めてくれる。」と、呪詛により天界から落ちた天人や人々は、その水で沐浴をした。

バギラティ王の進む道、それがガンジス川の進む道となり、全ての罪障を清めながら流れていった。
それから、激しい流れであるガンジス川は、途中で偉大なジャフヌ仙が祭式を行っていたアシュラムを、水浸しにして壊してしまった。
ジャフヌ仙は怒って、ガンジス川を全て飲み干してしまった。
バギラティ王の祈祷を受けて、ジャフヌ仙はガンジス川を耳から、ムクバという地で放出した。
ジャフヌ仙の娘となって流れ出たので、それに因んで、ジャフナヴィー川とも呼ばれる。

再び、ガンジス川はバギラティ王の後に付いていき、大海に達した。
大海に達した後、バギラティ王はガンジス川と共に地下界に入って行き、灰にされて意識を失った叔父たちに、ガンジスの光り輝く水を注いだ。
かれらは、罪障を浄められて天国へ昇っていったという。
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ゴームクの背後にそびえる、Mt.Shivling


バギラティ川と合流するアラクナンダ川は、ナンダデヴィ峰、トリスリ峰、カメット峰などの頂からの雪解け水が小川となって流れこみ、
ヴィシュヌプラヤグでダウリガンガ川と合流し、
ナンダプラヤグでナンダキニ川と合流し、
カルナプラヤグでピンダール川と合流し、
ルドラプラヤグでマンダキニ川と合流し、
デーヴァプラヤグでバギラティ川と合流し、
ここからガンジス川と呼ばれる。
(以上は、パーンチ・プラヤグと呼ばれる5つの川の合流点。)

om namah shivaya

カールティック・スワミ寺院

2016-04-22 Fri : 聖地巡礼
カールティック・スワミ寺院

インドヒマラヤ・ガルワール地方は、神々の住処といわれる場所だ。
その中で、シヴァ神の長男であるカールティケーヤ神、スカンダ神、ムルガン神などの呼び名を持つ神を祀る寺院は、ここ一つだけだそうだ。
南インド、特にタミールナードゥ州では大変人気の高い神様で、ムルガン神の寺院はたくさんあるのだが。

アラクナンダ川とマンダキニ川が合流するルドラプラヤグから、約40km。
カナク・チャウリという村から、3kmトレッキングすると、山頂に寺院がある。
標高、3060m。

山頂部は細長く、周りは360度深い谷に囲まれている。
360度のヒマラヤの絶景、そしてご来光や日の入りを見るのに最高の場所でもある。

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満月の日に、参拝した。
パンチケダール巡礼を終えて。

このボディは初めて来たのに、懐かしさがこみ上がってきた。
「あっ。子供の時に父母と一緒に来たことがあるような…。」
チッタに刻まれていた過去生の印象が、嬉しさと一緒に上がってきて、そして出て行った。
過去生のデジャブのようだった。

ヒマラヤに沈む夕陽が、赤く燃えて、美しかった。

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テンプルの近くにあるアシュラムに泊めてもらった。
米や小麦粉を持参して、アシュラムのスワミに差し出し、食事をお願いした。
簡素だが、サトヴィックな食事を頂くことができ、ありがたかった。

ヒマラヤの山々から昇る満月と、 そして朝日を眺め、
今回の一連の巡礼の完了を祝した。

ガネーシャ(ドーディタルの寺院)で始まり、ムルガン(カルティック・スワミ)で完了となった。
ブッディではじまり、シッディで完了ともいえる。
33日間、128kmを歩き通す巡礼だった。

シヴァ神の計らいは、粋だ。
om namah shivaya.





パンチケダール巡礼 その5 カルペシュワール寺院

2016-02-01 Mon : 聖地巡礼
カルペシュワール寺院 Kalpeswar Temple 巡礼

カルペシュワール寺院は、パンチケダールの中では一番東にある寺院で、聖地として名高いバドリナートは、ほぼ同じ経度で少し北に位置する。

サガール村 Sagar からゴペシュワールGopeswar に車で向かい、まず、シヴァの寺院へお参りに行った。
この日は、月食のある満月の日であったため、メインテンプルは閉まっていた。

インドでは、月食や日食は、見ない方が良いとされている。
宇宙の否定的影響を身体が受けるのを避けるために。

本堂には入れなかったが、敷地内をぐるりと回ってみた。
サドゥや修行者も、みんないなかった。

車で、ウルガム(2134m)という手前の村へ行くはずだったが、途中土砂崩れのため、道路は通行不能。

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土砂崩れの道路を、コマツのブルドーザーが修復していた。

そこから降りて、45分ぐらい歩き、乗り合いジープのあるところまで行った。
ここからジープに乗って30分位。
ウルガムに、2時頃やっと到着した。

ここからカルペシュワール寺院(2200m) まで、歩いて1時間強だ。
ここも、月食のためにスワミやプリーストが寺にはいなかった。
聞くと、月食の時間帯が終わってから、プージャをするのだそうだ。

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月食や日食は、人類全体のカルマのために、地球および人類全体が太陽系の惑星たちから否定的波動の影響を受けるもの。

満月の日の月食の時間帯の前に、この否定的影響を除去する祈祷を、カルペシュワール寺院で行った。
全ては、至高の存在であるシヴァ神の、御心のままに。。。。。

om namah shivaya

パンチケダール巡礼 その4 マディヤマヘーシュワール寺院

2015-11-19 Thu : 聖地巡礼
マディヤマヘーシュワール寺院への巡礼
Madhyamaheswar Temple


パンチケダールの中で、へその部分がを顕れた場所といわれている聖地。
標高、3497m。
パーンダヴァ兄弟たちが建てたお寺だという。

Mandalから乗り合いジープに乗り、Rashiへ昼過ぎ頃着いた。
ここからGaundar村まで、約4km歩く。
翌日は、4-5時間歩いて、Nanu Chattiに泊まった。
途中のティーショップのおじさんが、庭にたくさん咲いている花を摘んでくれ、持たせてくれた。
寺に献花するようにという、計らいだと観じた。

翌日、ナヌ・チャッティからマディヤマヘッシュワール寺院へ、4-5時間歩いて昼過ぎ位に到着した。
まだ体調が完全に回復していないので、非常にゆっくりなペースで歩いた。
深い森の中の、開けた場所に建てられている、神聖な寺院だ。

Madhyamaheswar Temple


午後、寺にお参りをして、頂いたお花を神様の像やパーンダヴァ兄弟たちの祠に献花した。

ふと山の斜面を見上げると、赤と黄色の旗がはためいているのが見えた。
気になったので、そこに行ってみると、マーハー・カーリー女神が祀られていた。
寺のスワミがお供えしたと思われる、ブラフマ・カマルも飾られていた。

Maha Kali


ウチなる導きにより、ここで祈祷を行った。
最初、カーリー女神が威嚇してきたように、観じられた。
しかし、夫であるシヴァ神の波動を感じ取り、協力することを約束してくれた。
非常に強烈な女神様だ。

19:00から、寺でアーラティという火の儀式に参加した。
そのとき、プラサードとして、白い花を頂いた。

翌朝、朝日が降り注ぐ中、神聖なエネルギーを観じて、写真を撮した。
バッファローに、不思議なエネルギーが写っていた。
バッファローは、ヤマ神(運命を司る神、または死を与える神)の乗り物だという。インドでは。

madhyamaheswar sunrise


帰り道、お花をもらったティーショップにまた寄った。
おじさんに、プラサードとしてもらった白い花を差し上げた。
とても喜んでくれたので、良かった。

Gaundar の少し手前にある Bantoli という村に一泊することにして、ここで遅めのランチを食べて休息していたら、
急に突風が吹き始め、黄色い砂嵐をそこら中に巻き起こしていった。
激しい雨も降ってきた。

まるで、カーリー女神が力を見せつけているかのようだった。
すごい威力だ。

これに同調し、浄化の祈祷を捧げた。
この日の月は、13夜。
月の真ん中から、虹色の光線が煙のように吹き出し、不思議なエネルギーが現れていた。

何か必要なことが起こっているようだった。
人智を超えた、創造主のみが知りうること。

om namah shivaya.









パンチケダール巡礼 その3 ルドラナート寺院

2015-11-08 Sun : 聖地巡礼
ルドラナート巡礼 Rudranath  パンチケダール巡礼の中では、最もタフな巡礼だといわれる。
険しい急登を超え、長い距離を歩いてやっとたどり着く寺院だ。
自然の岩窟を利用して建てられた、シヴァ神の顔・ルドラのエネルギーを表現している聖地。

Chopta チョプタから Sagar サガールへ車で移動。
初日は、サガールからPanar Buggyal パナール・ブッギャル という峠へ、約13kmのトレッキング。
パナールからのヒマラヤの山々の眺めは、最高だった。

trekking to panar
あの尾根を登り切ったところが、パナール・ブッギャル。

rudranath 1
途中小雨が降った後、雲が明けて太陽光線が美しく差し込んだ。

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その後に現れた虹。

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パナール・ブギャルに到着したときの夕陽の眺め

翌朝、パナールからヒマラヤの山々が360度見渡せ、ナンダ・デヴィ (インドで2番目に高い霊峰)の美しい姿もはじめて目にした。
早朝、狐にも行き会った。
そしてRudranath ルドラナートへ。約10kmのトレッキング。
夕方、やっとたどり着いた。

ルドラナートでは一日滞在し、朝寺院へ参拝。
朝は、まだ寺のプリースト(神官)が、ご神体の岩にルドラの顔を描いているところだった。

「Sundar スンダル(美しい)!」 と思わず言葉を発したら、
プリーストはにっこりしたが、もう少し待ってほしいと言われた。

外の風は、少し寒かったが、1時間以上は瞑想していただろうか。
そのうちに準備ができたらしく、同様にお参りに来ていたインド人がプリーストにプージャを依頼したので、一緒に参列させてもらった。

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ルドラナート・テンプル

プージャのプラサード(お下がり)として、一人一人にブラフマ・カマル(雪連の一種)を頂いた!
感激だった。

ブラフマ・カマルは、シヴァ神が最も喜ぶ捧げ物として知られる花だ。
4000m以上の高山でしか見られず、雨期に花咲く。
通常は、山に咲いている実物と行き会っても、それを手にすることはできないだろう。
なのに、こうして大きな一輪を手にできたとは。。。

次の日、ルドラナートからAnsuya Devi アンスヤ・デヴィへ。
急な下り道を降り、最後に少し登り返してやっと到着。
アンスヤ・デヴィは、ブラフマ・リシであるアトリ仙の妻であり、雨をもたらすために1000年もの苦行を積んで、
人々を救ったといわれる女神さまだ。


実は、パナールで食べた夕食がよく消化できず、胃にガスが多量発生してしまったために、
食べ物が食べられず、下腹部に力が入らず、ふらふら状態で歩き続けていた。

ルドラナートからアンスヤ・デヴィへの道のりも、朝7時に出発し、たどり着いたのは夜7時頃だった。
通常のエネルギーのみならず、非常用の予備エネルギーも使い尽くし、
思考力は全く働かず、倒れる一歩手前。
本当に空っぽになっていた。

巡礼宿で、ダル豆のスープとご飯を少し頂いたあと、ベッドに倒れ込み、すぐに意識が遠のいた。

驚いたことに、夜中に女神様が、アンスヤ・デヴィがガネーシャ神を伴ってヴィジョンで現れた。
アンスヤ・デヴィは、空になったボディに新しいエネルギーを注ぎ入れてくださった。

翌朝目覚めると、不思議なことに、身体が軽く、普通に歩けるように回復しているではないか。
体温も、今までより上がっていた! びっくりだ。

早朝、アンスヤ・デヴィの寺院へ、参拝した。
感謝を捧げ、讃歌を献上し、アンスヤ・デヴィのエネルギーを観じ、祝福に満たされた。

Ansya Devi Temple


その後、Mandal マンダルへ下山。
合計、39kmのトレイルを何とか歩き通すことができた。
神々のご加護のおかげに違いない。

シヴァ神に、ルドラ神に、そして女神アンスヤ・デヴィに ひれ伏して。

om nama shivaya.





パンチ・ケダール巡礼 その2 トゥングナート寺院

2015-09-09 Wed : 聖地巡礼
トゥングナート寺院 Tungnath

Sonprayag(ソンプラヤグ)からローカルジープに乗って、Ukhimath(ウキマート)へ。
Ukhimathから、さらにタクシーでChopta(チョプタ)へ向かった。
チョプタが、トゥングナート寺院へ登っていくためのベース基地になる町だ。

チョプタ(2900m)から、トゥングナート寺院(3886m)まで登っていく巡礼路。
サリー姿の年配のご婦人たちも登っていくのだから、信仰の力は本当にすごい。
舗装された参道があるので、標高差はあるものの、通常2時間半位で登れる感じだ。

Tungnath

まずは、寺院に参拝した。
中に入ると、中央にシヴァ・リンガが祀られていた。

寺院の司祭(プリースト)が、短い祈祷をしてくれた。
天気が良くなかったせいか、他に誰もいなかった。
中でしばらく瞑想してもいいかと聞くと、「いいよ。」と言ってくれたので、シヴァ・リンガの近くで一人瞑想に入ることが出来た。
小1時間位は、たっただろうか。

外に出ると、司祭が自分の写真を撮ってもよいというので、記念写真を写した。

Tungnath 2

標高がかなり高いので、気温はかなり低い。
雲行きを見ていると、明日の日の出は見られそうになかった。
それで、チャンドラ・シーラという4000mの頂きへ、その日の午後に行くことにした。

チャンドラ・シーラとは、「ラーマ・チャンドラの岩」という意味。
ラーマーヤナの主人公であるラーマ・チャンドラが、そこへ行って、そこの岩の上で瞑想したことから、この名前が付いたと言われている。

片道30分ぐらいだそうだ。
ガイドが、「あそこに旗が見えるだろう。あそこがそうだ。」と言う。
見上げてみると、急傾斜で遠くに見えたが、黙って後ろを付いていけば、必ず行き着くだろうと思い直し、ただ歩き続けた。

黙々と歩きながら、ふと思った。
この同じ道を、以前にラーマとシータとラクシュマナの3人が歩いたんだと。
なぜか、心が弾んで嬉しかった。

チャンドラ・シーラの頂きに着くと、そこには祠があり、中にはガンガー女神が祀られていた。
ガンガー女神に祈祷を捧げ、祠の裏にある大岩の上で、しばらく瞑想に入った。

chandra shilla

ラーマたちも、ここで瞑想をしたという。
同じ場所で、自分も瞑想をしている。
何とも言われぬ、感激だった。

青空が見えていたのに、3時頃、ポツポツと雨が降り始めたので、下山した。
トゥングナートに着く頃には、本降りになり、氷のビー玉のような雹も降ってきた。
浄化か........。

しばらくすると、雨はやみ、夕陽の光を受けて、ケダルナート・ピークの山並みが北側に浮かび上がった。

ケダルナート寺院とトゥングナート寺院は、エネルギー的に陰陽の一対になっているようだった。
感謝。合掌。

om namah shivaya.


パンチ・ケダール巡礼その1、ケダルナート寺院

2015-07-20 Mon : 聖地巡礼
シヴァ神のジョーティル・リンガが祀られてる、神聖な寺院ケダルナート

ケダルナートは、リシケシからバドリナート・ロードを5-6時間車で登っていき、ルドラプラヤグ(アラクナンダ川とマンダキニ川が合流する所)から、マンダキニ川をずっと上流まで遡っていく。

マンダキニ川は、いつでも緑色に澄んでいて濁りのない川だ。
バドリナートから流れてくるアラクナンダ川は、泥で濁っていることが多いので、ルドラプラヤグで合流するところをみると、2色の川が激しくぶつかる様を目にすることだろう。

ケダルナート(3584m)は、北インド・ヒマラヤの四大聖地の一つであり、
12のジョーティル・リンガの一つが祀られている寺院でもあり、
マハーバーラタという叙事詩に起因する聖地、パンチケダール(5つのケダール)の一つでもある。

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ケダルナート・ピークス


2013年6月の大洪水のときは、ケダルナート寺院のさらに上部にあるガンディ・サロワール湖が大雨で決壊して、鉄砲水によってたくさんの巡礼者、建物、土産物屋など、ありとあらゆるものが流されてしまったという。
被害に遭われた方々には、心からお悔やみを申し上げたい。

ガンディ・サロワール湖は、マハトマ・ガンジーの遺灰の一部がこの湖に撒かれたことから、この名前がつけられたそうだ。
この湖は、決壊してしまったので、現在はもう存在しない。

在りし日のgandhi sarovor
在りし日のガンディ・サロワール湖


2014年の秋、パンチケダールを巡礼する旅に出かけることになった。

ケダールとは、隠れるというような意味を持つ言葉だ。
これにまつわる神話を紹介しよう。
マハーバーラタの時代に、登場人物の英雄・パーンダヴァ兄弟(パードゥ王の王子たち)が、血のつながった一族同士の戦争において、たくさんの敵を殺し血を流してしまった罪を清めたいと欲し、ヒマラヤ山中にシヴァ神を探していた。
しかし、シヴァ神は、隠れていた。
あるとき、聖なる牛の群れに出会ったパーンダヴァ兄弟5人。
その内で剛力のビーマは、もしシヴァ神が牛に化けてこの牛の中にいるとしたら、自分が足を掛けて作ったトンネルの下をくぐることはしないに違いないと考え、牛の進路に足でトンネルを掛けた。

すると、最後に残った1匹の牛は、ビーマの足の下をくぐろうとしなかった。
パーンダヴァ兄弟が、この牛を捕まえようとすると、この牛は、地面に潜って身を隠した。
やはり、シヴァ神の化身だったのだ。
そして、カラダの5つの部分が、再び地上に現れたという。

1番目は、ケダルナート Kedarnath で、背中のこぶの部分。
2番目は、トゥングナートTungnath 。腕の部分。
3番目は、ルドラナート Rudranath 。顔の部分。
4番目は、マディヤマヘッシュワール Madhyamaheshwar 。へその部分。
5番目は、カルペシュワール Karpeshwar 。頭部と髪毛。

ゆえに、特にシヴァ神の信者たちは、全て徒歩でこの5つのケダールである聖地を巡礼することを行じる。
バスや車を使わないとしたら、2-3ヶ月以上は、かかるのではないだろうか。

取りあえず、自分はガイドとSon Prayagまで車で行った。
ここでケダルナート巡礼の登録し、医者の検診後、登録証をもらった。
これがないと、巡礼中のサービスが受けられないという。

今までの巡礼路は、マンダキニ川の左側にあったが、泥に埋まってしまっていたり、道が崩れ落ちていたりと危険なので、反対の右側に新しい巡礼路と途中休憩・宿泊の施設などが作られていた。

途中に、この大洪水で亡くなられた方たちの慰霊碑があったので、祈祷を捧げ冥福を祈った。
行く途中に、大小の滝がいくつもあり、小さな虹を見せていただいた。
虹は、希望の架け橋である。

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ケダルナート寺院とその周辺

ケダルナート寺院に祀られているジョーティル・リンガは、ピラミッドのような形の岩だった。
牛のこぶの形とも、言えるだろうか。

触れてもよいかと聞いたら、よいと言うので、
リンガムにそっと触れてみた。

深い奥の方で、神聖なバイブレーションを観じることができた。
やはり、ここはシヴァ神の神聖な聖地であることに、変わりはなかった。

寺院の後ろ、つまり鉄砲水がやっていた方向に、大岩がやってきたために、寺院の全壊は免れたそうなので、
この大岩は、今や聖なる岩として祀られていた。

また同じ後ろに、偉大な聖者アディ・シャンカラのサマーディ(霊廟)があったはずだった。
見ると、聖者アディ・シャンカラの石像は、掘り起こされていた。
見つけたときは、とても嬉しかった。
この聖地をずっと守り続けている、偉大な聖者の力を観じた。


それでも起こったこの洪水は、何なのだろうか。
人智を超えた絶対的な秩序、あるいは創造主において、
どうしても避けられなかった、何らかの必要性があったということなのか.......。


地上にある物理的な痛ましさは、時がしだいに解決してくれるに違いない。
しかし、人々の心の中に刻まれた傷は、重い。
これもシヴァ神のご加護により、必ず癒やされるようにと、
ただ祈ることしかできなかった。

om namah shivaya.
合掌

ガネーシャ寺院のある、ドーディタル (Dodi Tal) への巡礼

2015-03-30 Mon : 聖地巡礼
ドーディタルは、北インドのウッタルカーシーからジープでSamgam Chattiへ行き、そこからおよそ2日間のトレッキングでたどり着く。
森の中の静かな巡礼地(標高3301m)だ。

ガネーシャ神が単独で祀られている寺院は大変めずらしいので、貴重な存在だそうだ。
ドーディタルという六角形であった湖のほとりの森の中に、ガネーシャ神の寺院はひっそりと佇んでいた。
2013年の大洪水の時、土砂崩れがあったため、現在は六角形ではなくなっていたが。

ganesh temple


ウッタルカーシーの近くでヴァルナ川と合流する、アッシーガンガー川の源泉でもある。

途中宿泊したアゴダ(Agoda)村にさしかかるとき、雑穀アマランスが畑で豊かに実っていた。
燃えるようなエンジ色の小さな段々畑が、一枚ずつ一枚ずつ、とても美しかった。
赤いエンジ色は、鉄分が豊富に含まれているからなんだな。

ドーディタルにあと1時間位で着くというところに、土着神といわれるバイラヴ(Bhairav)の祠があった。
とても強力な、願いを叶えてくれる神様だという。
バイラヴ神も、実はシヴァ神の現れの一つであるといわれている。

アッシーガンガの川の流れが穏やかな平原地帯にさしかかった。
もうすぐドーディタル(湖)に着くのかなと思っていると、
左手の森の中に、大きなハゲワシが2羽もいるではないか。

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ラーマーヤナの物語の中で、ラーマ王の妻シータが魔王ラーヴァナに誘拐されようとしているとき、
命懸けで守ろうとして命を落としたハゲワシ・ジュターユスと同じ仲間だ。

立ち止まって、そっと見ていたが、大きな体をゆさゆさと揺らしながら歩いていた。

湖にたどり着くと、正面に、土砂の崩れた白い斜面が、まず目に入ってきた。
不思議なことに、その白い土砂は、きらきらと光っていて清らかであった。

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また、静寂なヴァイブレーションを湛えながら、
清らかメロディーを穏やかに奏でながら、
湖から流れていくアッシーガンガの清浄さは、
まさに神々の祝福を観るようだった。

翌朝6:30頃、ピーンと張った冷たい外気の中で、
プラーナヤーマで呼吸を調えた後、
サイレンスに没入した。

途中、小鳥がやってきて、左手にしばらく止まっていた。
お腹の部分が赤い、雀のような小鳥であった。

このボディが、小鳥に危険を感じさせないもの、
かつ思わず止まってしまったものになっていたという証か。

夕方、ベンガルからきた親子3人連れが、馬で巡礼にやってきた。
ヨーガのインストラクターであるご夫婦が、4歳の息子を連れて。

インド人は、子供に神様のご加護がたくさんあるようにと、色々な巡礼に一緒に連れて行くのだそうだ。


ドーディタルは、神聖な波動を湛える、素晴らしい聖地であった。
ここを訪れるように導いてくださった、ウチなる神、至高の存在にひれ伏して。
om namah shivaya.

南インドの聖地、ラーメーシュワラム

2015-01-07 Wed : 聖地巡礼
『ラーメーシュワラム』という聖地

南インド、タミル・ナードゥ、スリランカに最も近い、海に突き出た半島に、
ラーメーシュワラムはある。

叙事詩「ラーマーヤナ」の主人公ラーマが、魔王ラーヴァナにさらわれてランカ島に囚われている妻シータを救い出すために、ここから橋を架け、ランカ島に渡った場所だ。

ヴィシュヌ神が、人間ラーマという形を取って、魔王ラーヴァナを退治する拠点となった場所、という言い方もできる。
シータの誘拐は、その誘因あるいは動機づけの働きを担ったのだった。

また、ラーメーシュワラムは、ジョーティル・リンガ(光のリンガ)と呼ばれる、シヴァ神のエネルギーが現れた神聖な場所の一つとして、多くの巡礼者が訪れる場所でもある。
インドには、代表的な12のジョーティル・リンガの聖地があるが、その一つだ。

ラーメーシュワラム島と本土を結ぶ鉄橋


ここのジョーティル・リンガは、ラーマがシヴァ神に捧げた祈祷(プージャ)に由来している。
シヴァ神の恩寵によって、勝利を収めることが出来たので、ラーマは祈祷を捧げることにした。
ラーマは最初、ハヌマト(ハヌマン)にカイラス山へ行って、リンガムとして祀る石を取ってくるように命じた。
しかし、祈祷の時間に間に合わなかったので、妻のシータが砂でリンガムを形作り、祈祷を捧げたといわれている。

ラーメーシュワール・テンプル
ラーメーシュワール・テンプル


ラーメーシュワール・テンプルは、最も長い回廊でも有名だ。
回廊を見学することは、外国人にも許されているが、
メイン・テンプルへ入り、24個あるティールタ(聖水)の水を頭から浴びて身を清めた後、
特別にリンガムを拝むことが許されるのは、ヒンズー教徒だけだった。

「ラーメーシュワールのジョーティル・リンガを拝み、聖なるガンガの水を浴びせかけた者はだれでも、カイヴァリヤ(解脱)を達成する」と信じられている、神聖な行為なのだそうだ。

今回ここを訪れた使命は、理由はわからなかったが、ウチなる導きに従い、ヴァラナシに行って汲んできたガンジス河の水を、ここのリンガムに浴びせかけることだった。
どうしたら可能になるか…。
取りあえず様子をうかがうために、夕方寺院を訪れた。
すると、寺付きのガイドが寄ってきた。

「私は、24のティールタのアビシェーカム(水を浴びて禊を受ける)を受けたい。そして、ヴァラナシで汲んできたガンガの水を、ジョーティル・リンガにかけたいのです。」とお願いした。
最初は、だめだと断られたが、「私はシヴァ神を信じるので、ヒンズーだ。」と主張した。
「ヒンズーなら、眉間にティカをつけているはずだし、額には灰をつけている。」というので、
「では、つけてください。」とお願いした。

熱意と真剣さが伝わったのか、シヴァ神の恩寵なのか…。
「わかった。君の願いは、私が請け負おう。今これからだったら、大丈夫だ。
ただし、特別なので、○○ルピーのガイド料を払いなさい。」
といい、願いを叶えてもらえることになった。

眉間に赤いティカの粉を、額には聖灰を塗ってもらい、まず24のティールタを順路に従って、回ることになった。
ラーマ・ティールタ、シータ・クンド、ジャタ・ティールタ、ラクシュマン・ティールタ、カピ・ティールタ、ブラフマクンド等々。
それぞれの井戸の前に立つと、小さなバケツのようなもので水をくみ上げ、頭から浴びせかけてくれた。

水が頭からかけられる瞬間、合掌して息を止めているのだが、それでも少し口の中に入ってしまう。
それぞれの水は、味が違い、ほのかに甘かった。
甘露だった…。

ティールタの聖水で身を清めてもらった後、更衣室で支度を調え、今度はメイン・テンプルへ案内された。
ヴァラナシで汲んだガンガの水を寺のガイドに渡し、列に並ぶ。
すると、奥の礼拝所で専任のパンディットが、順番に祈祷しながら、
本人に代わってリンガムにかけてくれるようなシステムになっていた。

「さあ。今度は君の順番だ。」といわれ、
自分の持っていったボトルの水は、リンガムに浴びせてもらったことを、確かに目撃した。
同時にお祈りをした。

「これで、僕が頼まれたことは全部完了だ。これでいいね。」
「ちょっと待ってください。シヴァ神に感謝のお祈りを捧げたいです。」
カラダが自動的に動き、シヴァの賛歌を捧げ、シヴァにひれ伏していた。

om namah shivaya.

アグニ・ティールタ(沐浴場)から見た夜明け前
もうすぐ日の出を迎えようとする東の空

巡礼者がアグニ・ティールタで沐浴している光景
日の出後、アグニ・ティールタで沐浴する巡礼者たち


ラーメーシュワラムの最東端
この青い空と海の向こうにあるランカ島を
じっと見つめたのだろうか、ラーマは。

ドゥルガー女神

南インドの聖地、パラーニヒル

2014-07-23 Wed : 聖地巡礼
南インドの聖地、パラーニヒル・テンプル

南インドのタミルナードゥに位置する。
伝統的で保守的、また多くの聖者を生み出してきたタミルナードゥ。
チェンナイに次ぐ第二の都市、マドゥライから北西方向に車で3時間位だ。
ムルガン神が祀られる寺院の中では、最も重要視される寺院である。

シッダ・ボーガナタルは、この聖地にやってきて、寺を開き、弟子に必要な祭祀を教え、それを代々息子に継承させるようにと約束させた。
このパラーニヒルが、霊的な高次エネルギーが満ちる場所であったからこそなのだろう。
※シッダとは、ヨーガの完成者とか、シッディといわれる超自然力を得た者の意。

そして、シッダ・ボーガナタルは、ここでマハーサマーディ(自分の意思で肉体を離れる)を遂げられた。

この聖地を訪れた第一の目的は、本を通じて教えを授けてくださったシッダ・ボーガナタルのサマーディ(霊廟)に行ってご挨拶をし、そこで瞑想したいと思ったことだった。

寺院は、パラーニヒル・テンプル(500m位)の頂に建てられている。
参拝するには、石段を登っていくか、ケーブルカーまたはロープウェイを利用する。

朝7時頃、プージャ用のお供え物を購入してから、石段の参道を登っていった。
ガイドブックには、メイン・テンプルに参拝できるのは、ヒンズー教徒だけと記載されていた。

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頂上部は、かなり広い。
そして、どこが入り口なのかよくわからなかったので、案内所のようなところへ行き、
一人の役人に、「パンチャ・アビシェーカム・プージャを受けたいのですが。」と尋ねてみた。

パンチャ・アビシェーカム・プージャとは、この寺院の主宰神であるダンダユダッパニ神の神像に、5つのアムリタを注ぎかける祈祷である。
このダンダユダッパニ神の神像は、シッダ・ボーガナタルが体に良い作用をもたらすように調合した9つの金属の合金でできており、この神像に浴びせかけたお下がりは、霊的な作用を持つと言われていた。

ダンダユダッパニ神は、全てを放棄している姿を象徴して、ふんどし以外は身につけておらず、1本の杖を右手に持っている。

最初、役人は行き方を教えてくれたが、行ってみても結局よくわからなかったので、再び戻ってもう一度教えてくれるように頼んだ。
すると、親切に今度は別の係員を呼んでくれ、案内を頼んでくれた。
まず、パンチャアムリタを購入する必要があった。
そしておかげさまで、本来ならヒンズー教徒以外は入れないメインテンプルに、何の問題もなく通してもらえた。

インド人に混じって、プージャの順番を待つ列に並んだ。
さらにパンチャ・アビシェーカム・プージャをしてもらっているとき、
こっちへいらっしゃいと誘導してくれ、特別に神像に近いところに入れてくれた。
ありがたい。
シッダ・ボーガナタルの恩寵であり、シヴァ神の恩寵であったとしか思えなかった。
シッダ・ボーガナタルは、シヴァ神との合一を果たした聖者であるとも言われているので。

祈祷が終わって、列を離れると、ちょうど正面にボーガナタルのサマーディが見えたので、早速向かった。
中へ入ると、場が静寂に満ちていた。
数人が瞑想していた。
私も即座にリュックを下ろし、瞑想に入った。

何という祝福だっただろう。
ボーガナタルは、遠くからよく来たねとあたたかく歓迎してくださったように観じられた。
エクスタシーに満ちたサイレンスの中で、無言の「教え(ウパデーシャ)」を頂いた。

しばらくしてサマーディ(霊廟)から出ると、ガイドさんから1時間半も経過していたことを知らされた。

夕方、ふとインスピレーションを観じ、もう一度石段を登って寺に参拝すると、人々が何かを待っているように列を作っていた。
聞いてみると、19時にムルガン神が山車に乗ってお出ましになるという。
大変熱狂的な人気を誇る神様であることが、観じられた。
信者たちは、男女ともまるで人気スターを待つファンたちのようだった。

「ムルガン神は、どんな願いも叶えてくれる、すごく強い神様なのよ。」
と、あるインド人の女性が片言の英語で教えてくれた。

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祝福に満ちた巡礼であった。
om namah shivaya

合掌


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(参道の入り口付近にある、ムルガン神の乗り物・孔雀の像)







スリランカのもう一つの聖地、スリパーダ

2014-06-22 Sun : 聖地巡礼
スリランカの聖地、スリパーダ(アダムス・ピーク)

スリランカは、太陽のエネルギーと力強い大地のエネルギーが漲っている。
このスリランカに、もう一つ大切な聖地がある。

スリランカ唯一の山岳地帯にある「スリパーダ(聖なる足跡)」、またはアダムス・ピークと呼ばれている山だ。
現地ガイドさん曰く、スリランカにはカタラガマとスリパーダ以上に神聖な、神様の宿る聖地はないという。

スリパーダは、標高2238mの山だ。
(巡礼シーズンは、雨期を避け、12月満月から5月満月まで。)

sri pada

山頂には寺院があり、聖なる足跡が残された岩が祀られている。
仏教徒にとっては仏陀の足跡であり、
ヒンズー教徒にとってはシヴァ神の足跡であり、
イスラム教徒・キリスト教徒にとっては人類の父であるアダムの足跡であり、
どの宗教にとっても、聖なる信仰対象であった。

スリパーダでは、どの宗教の巡礼者も仲良く共存していた。
また、山の神サマン(ローカルな神)に対する信仰も、皆が共有していた。

スリパーダは、実はインドの叙事詩ラーマーヤナやマハーバーラタに出てくる、ランカ島のトリクータ山だとも言われている。
(トリクータとは、3つの峰の意味)
なぜなら、スリ・ランカ島に山岳地帯はこの辺りだけで、またスリパーダを含め、ちょうど3つの峰が重なっているから。

トリクータ山は、十頭の羅刹王ラーヴァナの居城があった場所。
その以前は腹違いの兄である財宝主クベーラ神の居城であった。
その以前は、最初のラクシャサ(水を守護(ラクシャーマ)する者として名付けられたが、後には力を誇って羅刹と化した。)が住処としていたという。

しかし初期のラクシャサ(スマーリンなど)は、苦行によりブラフマ神から強さの特権を与えられて、横暴・無法を働くようになり、神々から助けを求められたヴィシュヌ神が退治を約束する。
ヴィシュヌ神が絶大な力を発揮し一族が滅ぼされていくのを見たラクシャサ(羅刹)たちは、スマーリンを先頭にトリクータ山の都から逃れ地底界へ逃げていったと、ラーマーヤナには記述されている。

ラーマーヤナによると、ラーヴァナの亡き後は、弟であり、ダルマ(法)を守ることに専心するヴィビーシャナが、新たな羅刹王として、トリクータ山の居城で羅刹たちを治めたという。

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(叙事詩ラーマーヤナより(概略))
ラクシャサ(羅刹)の全ては、ヴィシュヌ神を恐れ、トリクータ山の都を放棄し地底界に逃げていった。
プラジャーパティの一人であるプラスティヤ仙の孫、ヴァイシュラヴァナ(クベーラ神)は、幸運をもたらす英知と徳性を備えていた。
ヴァイシュラヴァナは、苦行林において一千年間厳しい大苦行を行った。
その功徳により、祖父神である梵天より贈り物(褒美)を選ぶようにと言われた。
「私は、世界を、世人を保護する力を望みます。」
「わたしは世界の守護神の4番目を求めていたところだ。ヤマ神、インドラ神、ヴァルナ神に次いで、財宝主の地位を取るが良い。」と。
財宝主の地位を得たヴァイシュラヴァナは、父である牟尼の最上者ヴィシュラヴァスに、どこかに住所を見つけてくださいと願う。すると、南の海岸にあるトリクータ山にランカーという都があるのでそこへ行くようにと勧められ、財宝主クベーラ神は、トリクータ山の城に住むようになった。

時をおいて、地底界に逃れていた羅刹スマーリンは、あるとき地上界をくまなく見て歩き、そのとき天車プシュパカに乗って太陽神のように光り輝くクベーラ神を見て、どうすればあのようになれるのかと思案する。
スマーリンは、クベーラ神の父である牟尼ヴィシュラヴァスの所へ、美しい娘のカイカシーを行かせ、子供を得るようにと命じた。
ちょうど牟尼ヴィシュラヴァスがアグニ・ホートラを行じているときに、カイカシーはその側にやってきて、子を得たいという思いを持って、牟尼の足に触れた。
カイカシーはその願望を成就したが、縁起の悪い時間帯であったため、得た子供たちは凶暴で残酷な羅刹となることを告げられる。
カイカシーは「なにとぞお慈悲を。」と懇願し、最後に生まれる息子は、法を愛する者となると知らされる。
1番目の息子は、十の頭を持ち、二十の腕を持つ凶暴な子で、ダシャグリーヴァ(のちに羅刹王ラーヴァナ)と名付けられ、2番目の息子は大力で巨大な体のクンバカルナ、3番目はシュールパナカという羅刹女、4番目の息子はヴィビーシャナで、法を愛する者であった。
ダシャグリーヴァ(のちに羅刹王ラーヴァナ)は、「あなたの兄である財宝主クベーラ神と同じようになるよう努力しなさい。」と母カイカシーにけしかけられる。
こうして、羅刹スマーリンの願いは、ラーヴァナによって成就していったのであった。

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最近でも、UFOが多数目撃されている地域でもある。

スリパーダ巡礼は、月が満ちる吉兆な時に夜間登頂をして、山頂でご来光を見ようと訪れる人が多い。
登山口があるナラタニヤは約700mの標高なので、およそ1600mを登る。
上に行けば行くほど、急な傾斜となり、石の階段をひたすら上っていく。

普通の体力の人で、登り3-4時間位。子供でも6時間位。
参道は、ライトアップされているので、心配ない。
途中、紅茶でも飲んで、休憩しながらのんびり登るのも良い。

夜中の1時に、ナラタニヤのホテルを出発した。
もうすぐ満月になる月が、煌々と闇夜を照らしてくれた。
また山の神サマンが、必要なパワーを与えてくれたと観じられた。

5時頃、頂上まであと10分位の所、開けた場所までやってきた。
ここでご来光を待つことにした。

5:45頃、遮るもののない雲海を赤く染め、朝日が昇った。
寒さの中、何とも形容しがたい、摩訶不思議な日の出の光景を眼にした。

sunrise at sripada


山頂へ着くと、朝6時のプージャの読経が心地よく響いてきた。
パーリ語(お釈迦様の母国語)による読経。
何とも清らかで、やさしい美しい調べであった。

7時頃プージャが終わり、聖なる足跡を拝む列ができていた。
スリパーダへのダルシャンを済ませ、僧侶(または司祭)から眉間に聖灰をつけてもらった。

6時から7時の間、スリランカの人たちは、寒さに震えながらも、立ったまま手を合わせ静かにお経に声を合わせている人が多数だった。

また、朝日が昇りきった頃、ちょうど8時過ぎ位だろうか。
東の空の反対側に、スリパーダの影が映った。
こんな光景は、初めて目にした。
雲海に、山頂部が影絵のように映り、何とも神秘的だった。

reflection on clouds

8:30頃下山を開始し、10:30にはホテルに戻ることができた。

祝福に満ちた、巡礼であった。
om namah shivaya.








スリランカの聖地カタラガマ

2014-06-04 Wed : 聖地巡礼
スリランカの南部に、カタラガマという聖地がある。

聖地とは、もともと神聖なエネルギーが満ちている場だ。
だからこそ、そこで人々は祈りをあげる。
また寺院や神社が開かれている。

カタラガマは、チベットのカイラス山と同じ東経81度の直線上に位置する。
ダクシン・カイラーサ(南のカイラス)とも呼ばれている。

ここの主宰神は、シヴァ神の息子であるムルガン神(スカンダ神、カールティケーヤとも呼ばれる)だ。
地元スリランカでは、どんな願いも叶えてくれる強力な神様として、絶大な人気がある。

マハーアバター・ババジが、昔このカタラガマに巡礼に訪れ、
聖者シッダ・ボーガナタルと出会い、深いサマーディに長くとどまれるように教え導かれた場所だという。
例えば、最初は1日、次は数日間、1週間、1ヶ月、1年…、というように。
ババジが、長い間サマーディにとどまる修行をマスターしたのは、この地だった。

シッダ・ボーガナタルは、カタラガマはサハスラーラ・チャクラに呼応する場所だと教えている。
宇宙の中心を象徴するといわれるカイラス山とカタラガマを結ぶ、81度という一直線は、スシュムナ・ラインを象徴するともいわれる。

また「81」という数字は、絶対数である「9」の二乗でもある。

カタラガマ神とも呼ばれる、ムルガン神の神殿には、神像はない。
代わりに、聖なるヤントラがご神体だ。
(普段は幕に被われており、シンハラ暦のエサラ月に行われる夏の大祭の時に、人の目に触れるそうだ。)

シッダ・ボーガナタルを通して表現された、聖なるヤントラ。
ヤントラとは、見るという視覚を使って、五感覚を超越し、サイレンスへ至るためのツールともいえる。
その形態波動は、エネルギーを放っている。

カタラガマのヤントラは、二つの正三角形が逆向きに重なり、真ん中にタミル語のオーム記号が記され、周りは蓮の花のような模様で飾られている。
陰陽エネルギーの融合、またはシヴァとシャクティの結合を、象徴しているともいえるだろうか。

kataragama yantra


スリランカに住むヒンズー教徒(主にタミール人)は、徒歩でカタラガマへの巡礼にやってくるそうだ。
マニック・ガンガ(意味は宝石のガンジス河)で沐浴し、身を清め、そして神殿へ供物を携え、お参りをする。
多くのスリランカ人は仏教徒ではあるが、それでもローカル・ゴッドとして信奉篤く、たくさんの人々が特に満月にかけて、お参りにやってきていた。

巡礼に適するのは、12月の満月からよく5月の満月までだそうだ。
暑さや雨期を避けて。


内なるコエに導かれて、2014年2月にカタラガマを訪れた。
満月の前日夕方、まずは地元の人たちに習って、同じように参拝することにした。
敬意の礼を尽くすために。

参道入り口付近に、たくさんのプージャ(祈祷)の供物を売る店が並んでいる。
スリランカのガイドさんの友人が紹介してくれた店で、シンプルなセットを購入した。
フルーツや花、インセンスなどの一式が、プレートに並べられていて、結構な重さだった。

このプレートを持って、マニック・ガンガの橋を渡り、神殿入り口へ。
供物のプレートを持って18:00のプージャに並ぶ人たちが、列を作り始めていた。
神殿をぐるっと回ってから、この列に一緒に並んだ。

入り口から見て、右側にムルガン神の神殿がある。
この神殿は、プージャの時以外は閉じられている。
左側には、仏陀の仏像が祀られ、仏陀にも祈りが捧げられるようになっていた。

その後ろには、大きな菩提樹が繁っていて、神殿が閉じられているときは、人々はこちらで祈りを捧げていた。
この菩提樹は、とても神聖なバイブレーションを漂わせていた。

プージャ(祈祷)が始まると、すごい熱気が観じられた。
人々は、祈祷がある程度進み、自分の供物を献じて、そのお下がりを返してもらう順番をじっと熱く待つ。
何か御利益を実感してきている経験が、あるからこそなのだろうと観じられた。

ずっと夜中も、太鼓やラッパの音楽が鳴り続けていた。
これは、あるグループが自分で雇った楽隊に演奏させているんだそうだ。
例えば、ずっと一晩中踊り続けて、トランス状態に入ったりするという。
スリランカは、魔法の力が働いている大地のようだ。

翌朝、満月の日に今度は一人でお参りに出かけた。
参道の入り口まで、ガイドさんに送ってもらうとき、野生のクジャクが歩いているのを見た。
クジャクは、ムルガン神の乗り物である。吉兆なサインだ。

神聖な菩提樹に向かって、大地に座し、プージャ(祈り)を行じ、深い瞑想に導かれた。
4時間、動かなくなって、大地に座していた。

このようなことは、神々や聖者の導き(恩寵)なくしては、起こり得ない。
が、日々禊を行じることは、「起こる」を助ける要因の一つかもしれない。
そう。聖地という場の助けを得て、それはあなたにも起こるかもしれない…。

大地に伏して感謝を顕し、ゆっくりと体をもどしていった。

om namah shivaya

シッダ・ボーガナタルは、カタラガマの後、空中を飛んで、南インド(タミール・ナードゥ)のパラーニヒルへ行き、ここに寺を開き、ここでマハーサマーディを遂げたといわれている。
3000年以上も生きたといわれる、偉大な聖者だ。

シッダ・ボーガナタルにならい、自分もカタラガマからパラーニヒルへ向かうことにした。
彼のサマーディのある場所で、感謝の祈りを捧げ瞑想したいと思ったので。

シッダ・ボーガナタルは、シヴァ神との一体を顕現された偉大な聖者といわれている。

om shivaya namah.









ジャイナ教の聖地、サンメッド・シカール

2014-05-14 Wed : 聖地巡礼
ジャイナ教の聖地、サンメッド・シカールジ

ジャールカンド州、パラシュナート駅の近くに、
八つの峰が連なるサンメッド・シカールジ(パラシュナート・ヒル)と呼ばれるジャイナ教の聖地がある。
ガヤ駅の近郊だ。ブッダガヤには車で3-4時間位。
ジャイナ教徒にとっては、最も神聖な聖地の一つであり、
敬称を表す“ジ”をつけて、サンメッド・シカールジと呼ばれている。

ジャイナ教には、24人のティールタンカラと呼ばれる大師たちがいる。
目覚めた意識で、マハーサマーディ(魂の意思で肉体を脱ぎ捨て、ニルヴァーナを達成する)を達成した人たちだ。
だから、勝者を表すジナとも呼ばれている。

この24人のティールタンカラのうち20人が、このサンメッド・シカールジでマハーサマーディを達成している。
それぞれが、ある特別な神の意志(この世における必要)を感じ取ったからこそ、そのような特別な上昇気流を創り出す経験を、同じ場所で重ねてきてくださったとしか思えなかった。

一人のティールタンカラがマハーサマーディを達成するとき、多くは1000人の牟尼たちを伴い、またあるときは7000人の牟尼たちを伴って、ニルヴァーナを達成したと記録されている。


1代目のティールタンカラは、チベットのカイラス山でニルヴァーナを達成したそうだ。
24代目のティールタンカラであり、ジャイナ教の開祖といわれているマハヴィーラ(釈迦牟尼と同じBC500年頃の人物)は、別の場所だった。
6代目のパドマプラボー(蓮の光という意味)というティールタンカラは、女性だった。


八つの峰には、24人のジナたちと特に貢献のあったスワミ(僧侶)たちの聖なる足跡が、一つずつ祀られている。
巡礼者たちは、Jai Jinendra(ジナたちの祝福あれ)と声を掛け合いながら、麓のマドゥバンから31kmの巡礼路を回る。
通常は暑いので、巡礼に適した冬期に、夜中の3時頃出発して、1日で巡礼を完了させる人が多いそうだ。
籠に乗って、巡礼する者もいる。

山頂にはダラムシャラといわれる巡礼宿もあるが、滞在許可証を得た者しか泊まることができない。
政府の管理下に置かれている巡礼地であり、許可証をもらいに朝まず事務所へ向かうようにと、ホテルの人に言われた。

ジャイナ教徒は、特に不殺生(アヒムサー)と不所有を徹底して行うことでも知られている。
例えば、菜食も徹底していて、根菜類はその植物の命を奪うことになるので食べない。葉物や果菜類はよい。
日没後は、暗くて気づかずに小さな生物を殺さないように、料理はしない。
さらに徹底する人たちは、歩行中に空気中の小さな生物などを殺すことがないようにと、マスクをしている。

不所有を徹底し、衣類を身につけることも放棄する「空衣派」と、白い衣だけを身につける「白衣派」があるそうだ。

ダラムシャラに滞在し、朝から巡礼路を回ると、約9kmの道のりだった。

ダラムシャラは、大部屋にみんなが並んで寝る。
また食事は11時頃と5時頃の2回、無料で提供される。
ダル豆カレーと別の豆カレー、チャパティー、ご飯。アチャール(辛い薬味的なもの)。
シンプルだが、とても美味しかった。
標高約1350mなので、野菜を荷揚げするのがなかなか困難なのだろう。

同じ部屋に寝泊まりした60歳のジャイナ教徒は、朝5時頃起きて身を清めてから、1回目の巡礼を完了させ、ダラムシャラに帰ってきて食事をし、また2回目の巡礼に出かけていった。
生きているうちに、108回の巡礼を完成させたいんだそうだ。
足腰のしっかりした、元気なおじさんだった。

ダラムシャラへ登るとき、途中9合目位から、急に場の波動が変わったことを体感した。
『清らかで細やかな天界の波動』とでも表現したらいいのだろうか。
ここに巡礼に来ると心と体が浄化されるといわれているそうだが、まさにその通り...。

さらに一つ一つのお堂を回って、聖なる足跡に敬意を込めて礼拝しているときは、上昇気流のような、何かに強く引っ張りあげられるようなエネルギーを観じていた...。

もしかしたら、この聖地に巡礼に来た初めての日本人だったのかもしれない。
許可証を発行してくれた役人が、「一体誰が、あなたにここに来るように言ったのですか?」と尋ねたから。
「The inner Lord Shiva.」と、本当のことを答えた。
これで通じるところが、インドだ!

om namah shivaya

満月の日のブッダガヤ

2014-03-04 Tue : 聖地巡礼
ブッダガヤのマハボーティー・テンプル

ちょうど満月の日にブッダガヤを訪れ、マハボーティー・テンプルに参拝した。
ゴータマ・シッダー・ルタ、釈迦牟尼は、5月(または6月)の満月の日に生まれ、悟りを開き、涅槃に入られたといわれている。(チベット歴では4月の満月)

2013年12月満月の日、夕方にマハボーティー・テンプルを訪れたとき、寺院はたくさんの花や装飾品で飾られ、たくさんの国籍の仏教徒たちがお参りに来て、祝祭を祝っていた。

メインテンプルに参拝し、金色の仏像に触れ、蓮の花を捧げ、お祈りする者。
お経を唱えながら、メインテンプルの周りをずっと回り続ける者。
黙想しながら、同じように歩いて回る者。
菩提樹の近くで瞑想する者、お経を唱え続ける者。

遠くからやってきたグループの指導者が、生徒たちに教えを説いていたり、
多数の出家者が集団でお経を唱え修行に励んでいたり、
五体投地をひたすら続ける者たちも…。

それぞれがそれぞれのスタイルで、仏陀に帰依している信仰を表現し、
悟りへの道を少しでも深めようと真剣に修行していた。


仏陀は出家後6年間厳しい修行をして、もうこれ以上できることがない位の苦行を続け、断食でやせ細り体力も衰えきっていたそうだ。
もう何もできることがない…。こんな境地にまで追い込まれた。
そして、何かが「落ちた…」。
その翌日、ただ(無の境地で)菩提樹の下で瞑想しているとき、光明を得たといわれている。
偉大なる覚者、ブッダよ。


太陽が西の空に沈んだ後、満月が東の空に大きく昇った。
暗くなっても、幾重にも重なるお経の響きはやむことはなかった。

菩提樹のそばで、瞑想に入った。
澄み渡る静寂。平ら…。清らか…。
精妙なコスミック・エナジーが満ちていた。


翌朝も、日の出の時刻頃に参拝した。
清らかなエネルギーに満ちる、マハボーティー・テンプル。

こんなに神聖なバイブレーションに満ちている聖地は、そんなに多くはない。
なんと素晴らしいことか。

この地に満月の日に来るように導いてくださった、内なるグルの偉大さよ。
om namah shivaya.