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究極の「自分探しの旅」(2)

2012-03-18 Sun : 真我の探求
 聖典とは、直知された真理が表現されたもの。
偉大な聖者たちが、具体例や比喩を用いて、周りの必要を満たすように可能な限りを表現してくださった賜物だ。
いつの時代にもずっと、人々の進化成長の道しるべとなってきた。

 聖典とは、読む度に読む者の欲している気づきがやってくる。
読む者の状態は常に変化している。ゆえに新しい気づきが常にやってくる。
そこに、大調和(源の満ち足りし完全)があるからだ。
 
 意味がわからなくても、音として耳から聴くだけでも、調和という質がやってくるようだ。

 例えば、ヨーガの聖典といわれる「パタンジャリのヨーガ・スートラ」は、心の特性に関して、非常に詳細に説いている。
 ぜひ、この聖典に触れて、心はコントロールができるものであることを、さらに、心の作用は超えることができることを、まずは知る手立てとしてみてはいかがだろうか。

 トニー・ネーダー医学博士は、ヴェーダ全体の構造が人間の身体の詳細な構造とそれぞれ一対一で対応していることを発見され、「人間の生理-ヴェーダとヴェーダ文献の現れ」(マハリシ総合研究所発行)に著している。特にこのヨーガ・スートラの構造は、大脳皮質の連合繊維の詳細な構造と一致しているという。
 第1章サマーディ・パーダは脳の後頭葉、第2章サーダナ・パーダは前頭葉、第3章ヴィヴーディ・パーダは頭頂葉、そして最後の第4章カイヴァリヤ・パーダは側頭葉に対応しているという。後頭葉は、視覚(観るという感覚神経)・認識を主に担っている部位である。

 まず、「パタンジャリのヨーガ・スートラ」の中で、最も根幹である第1章サマーディ・パーダを、次の記事に紹介してみたい。

 サマーディとは、純粋意識(真我)の直接体験という言い方もできる。
サマーディは、自然に自動的に準備が調うと起こるものであるが、個人の努力(障害になっているものを取り除くこと)によって、直接体験が起こる可能性が高まると教えている。

 サマーディの体験は、人間の姿形があってこそ生じる体験だ。最初は一瞬かもしれない。が、その一瞬は数分に、さらにはもっと長く数時間あるいは数日間持続できるようになる可能性がある。そして、ついには24時間永続するように、脳のフォーメーションが変容していく可能性があると。

 読んだり聞いたりしたことは、良いと感じたら、実際に自分自身で経験し確認するのがよい。すると、自己の内側で何か変容が起こる。
 試してみる価値が、あるのではないだろうか。

 聖典は原文のまま味わうのが最善であるが、これは中々難しい。
そこでできるだけ原典そのままが伝わるように、ローマ字による原文を表記し、シンプルな訳をあえて試みた。つたない訳ではあるが、多様性の表現の一つとしてお許しを願いたい。他に素晴らしい解説書がたくさん出版されているので、他の書物をご参照いただき補足をお願い申し上げることとさせていただきたい。
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