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真我を被うもの(2)

2013-08-01 Thu : 真我の探求
真我を被うものとは。

原因体(アーナンダ・マヤ鞘)、微細体(理知マヤ鞘とマナス・マヤ鞘)、肉体(プラーナ・マヤ鞘と食物マヤ鞘)があることを書いた。

それぞれの体(鞘)は、次元が違う。
物質次元の被いは、粗雑な物質元素でできている体と、
微細物質、即ちプラーナという生命電気エネルギーでできている体だ。
気の流れと表現されるものとほぼ同じであり、丹田と密接に関係している。

日本人は、丹田を鍛えることを大事にしてきた民族だ。
プラーナ(気)に熟達した方々が多いことからも、うかがい知ることができる。
例えば、日本の伝統的な生活スタイルは、腰椎4番と5番を強めるような床に座る生活だった。
武士も、腹ができていた。

微細体は、物質次元ではない。
日本では、霊体とか観念体という言い方をしているものが、これに近いだろうか。

休みなく活動しているので、その働きは、知ることができる。
5感覚器官からやってきた情報をマナスが受け取り、理知(ブッディ)が即座に判断し、マナスは理知の判断を受け取ったら、それをまた末端の5感覚器官へ伝達し、該当する行動器官が行動するというように。。。

マナスは、訳すのが難しい。英語ではマインドと訳されているが…。
あえて言うなら、『意志』だろうか。

本来は、5感覚器官を束ねて制御するメカニズムだ。
感覚司令塔の役目を持ち、また偉大な力を備えている。
念力(マインド・パワー)は、マナスの力の一部といえるだろう。

ヨーガでは、馬車に繋がれている5頭の馬(5感覚器官)を制御する「手綱」に例えられている。
「手綱」を握る御者の役目は、理知(ブッディ)であり、この馬車(肉体)に乗っているのが、真我(アートマン)というふうに。
感覚の対象は、道に例えられ、歩きにくい道もあれば、トゲ等もあるので、馬(感覚器官)は時として荒れる場合もあるのであろう。
好き嫌いや快不快に振り回されるとは、単に馬(感覚器官)に翻弄されているだけなのである。

「私は誰か」。 
これを思い出すと、鎮まることだろう。

感覚器官を制御することは、大変有益である。
なぜなら、微細体や原因体を浄化するのに、役に立つから。

原因体の構成要素であるチッタ(心)には、今世持ってきたカルマ(良いカルマ・悪いカルマとも)、現世で生じた善悪のカルマ、それから様々な経験によって生じた残存印象(心に残った未消化な印象)なるものが記憶されている。
これらが、未来の行動を条件付けする原因となっている。
なので、これらの条件づけを解消するような行為は、
本当の自由を求める探求者には、大変有益なのである。

深い瞑想に入って、観じ取ってみてほしい。

原因体は、微細体よりももっと精妙な次元だ。
しかし、これがなかったら、生命あるものにはなり得ない。
日本では、魂という呼び方をしたりする。
アートマンを魂と呼ぶ場合もあるようだが。


生命そのものである真我の表現が、順を追って展開されたすべての「カラダ」だ。
「カラダ」を通して、真我は具体的な表現を持つ。

なんと素晴らしい仕組みではないか。
人を通じて、源の愛は、具体的な友愛に表現されるのだから。

祝福は、常に降りそそがれている。

om nama sivaya
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