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聖者ダッタトレーヤ

2019-01-16 Wed : インドの聖者
聖者ダッタトレーヤ

偉大な聖仙アトリの妻であるアナスヤは、ブラフマー神、ヴィシュヌ神、シヴァ神に等しいような息子を得るという願いを叶えるために、非常に厳しいタパス(苦行)を長い間行じていた。
神に等しい夫にひたすら仕える、偉大な女性アナスヤの貞節の美徳と長期の厳しいタパスの功徳により、三神に等しいような息子を神秘的に授かった。

ダッタとは、天賦の顕れを意味し、トレーヤとは3つを意味する。
三神の顕れという、そのものを表す名だ。

一つの胴体に、3つの顔、6本の腕、2本の足を持つ神様だ。
三神のエネルギー光線を放ち、偉大な賢者でもあり、
「アヴァドゥータ・ギーター」というヴェーダンタの真理や奥義、真我実現の直接的な体験を表したウタを著した。
完全に解放された魂である。

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・ダッタトレーヤのそばには、どんな願いでも叶えるカーマデーヌという雌牛が必ずいる。
この牛は、母なる地球と正義を象徴している。

・また、必ず一緒にいる4匹の犬は、4つのヴェーダ(知識)を象徴している。

・右手に持つトリシュールは、彼が3つのグナ(この世を構成する質)を超越した存在であることを象徴している。

・左手に持つホラ貝は、普遍の原初音オームを象徴している。全ての創造の根源に存在する波動だ。
空の元素を象徴している。

・右手に持つスダルシャナ・チャクラ(円盤)は、彼が時間の縛りのない状態を生き、「過去現在未来」という時間を超越した存在であることを象徴している。
風の元素の象徴でもある。

・右手に持つ棍棒は、火の元素の象徴だ。

・左手に持つカマンダルという入れ物(水を飲む時や施しを乞う時に使う)は、水の元素の象徴だ。

・左手に持つ蓮の花は、地の元素の象徴だ。

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このように描かれるダッタトレーヤには、24のグルがいると言われている。

(神話ー聖者ダッタトレーヤの24のグル)
   スワミ・シヴァーナンダ大師の「Guru Tattva」より

あるとき、ダッタトレーヤが幸せに満ちて森の中を歩き回っているとき、ヤドゥ王に出会った。ヤドゥ王は、ダッタトレーヤがとても幸せそうに見えたので、幸せの秘密と彼のグルの名前を尋ねた。

ダッタトレーヤは答えて言った。
「内なる真我のみが、私のグルである。 
しかし、24のものから智慧を学んだので、それ故にそれらは私のグルである。」

ダッタトレーヤは、24のグルの名前を述べて、それぞれから学んだ智慧を説明した。
1.大地、2.水、3.風、4.火、5.空、6.月、7.太陽、8.鳩、9.ニシキヘビ、10.海、11.蛾、12.蜂、13.蜂蜜を集める人、14.象、15.鹿、16.魚、17.ダンサー・ピンガラ、18.ワタリガラス、19.赤ちゃん、20.未婚女性、21.蛇、22.弓矢を作る職人、23.蜘蛛、24.カブトムシ

1.大地から、忍耐と他者に良いことをすることを学んだ。なぜなら大地は、人類がその表面で犯す全ての傷に耐えながら、それでも穀物や木々を生産して、人類に良いことを与えている。

2.水から、純粋の質を学んだ。純粋な水が他を浄めるのと同じように、純粋で、利己心、性欲、エゴイズム、怒り、強欲などから自由になった聖者は、彼と触れ合うためにやってきた全ての人々を浄めることができるということを。

3.風は、様々な対象物から対象物へと移動している。しかし風は、そのどの対象物にも愛着を持つことがない。そこで、風から学んだ。私が大勢の人と移動していようとも、愛着を持たずに風のようにあれば良いと。

4.火は煌々と燃え上がる。故に、聖者も火のように、知識とタパス(苦行)の光輝で煌々と燃え上がっている必要がある。

5.空は、その中に風、星、雲たちを存在させているが、空はそのどれとも接触していない。これにより、空から学んだ。アートマン(真我)は、全てに浸透しているものだが、それでもどの対象物とも接触していないということを。

6.月はいつも完全だが、月に写る地球の影の変化によって、減じていく月と満ちていく月が現れている。この現象から学んだ。アートマン(真我)は、常に完全で不変であるが、限定的な付属物(エゴ、知性、マインド、ボディ)がアートマンに影を投げかけているだけだと。

7.太陽は、色々な水の壷に映って、色々違った光を反射をする。同様にブラフマンは、マインドを通過した光の反射によって生じた付属物(ボディ)のために、色々違った顕れをする。この事を太陽から学んだ。

8.ある時、若い小鳩たちを連れた一対の鳩を観た。猟師は網をかけて、小鳩たちを摑まえた。母鳩は、子供たちに大変な愛着を持っていたので、生命の危険も顧みず、網に飛び込んでいき、摑まえられた。雄鳩は、雌鳩に愛着を持っていたので、雄鳩も網に落ちていき、摑まえられた。このことから、愛着が束縛の原因であることを学んだ。

9.ニシキヘビは、食べ物のために動き回らない。なんであろうと得たもので満足し、一カ所にいる。この事から学んだ。何を食べようかということにマインドを使わず、何であれ頂いたものを食べて満足することにしようと。

10.海は、何百という川が流れ込んでいるのに、動かない。同様に、賢者はあらゆる誘惑や困難、トラブルの中にあっても、不動である必要がある。これが、海から学んだレッスンだ。

11.蛾は、火の明るさに夢中になって、火に落ちて焼かれてしまう。同様に、情熱的な男性は美しい女性に恋をして、最後に悲しみを経験する。視覚を制御し、マインドを真我にしっかり固定することが、蛾から学んだレッスンだ。

12.黒いミツバチが、色々違う花から蜂蜜を吸い、また1本の花だけから吸わないようにしていた。それで、私も施しの食べ物をもらうとき、1つの家から少しだけ、別の家からも少しだけを頂き、空腹を満足させることにしよう。そうすれば、家庭を持つ人たちの負担にならずに済む。

13.蜂は、非常に苦労して蜂蜜を集める。しかし、蜂蜜を集める人は、簡単にそれを収穫する。同様に、人々は、富やその他のものを非常に苦労して貯め込むが、死神がやって来た時、それらを直ちに手放し、旅立たなくてはならない。このことから、ものを貯め込むことは無益だと学んだ。

14.雄の象が、性欲によって盲目となり、紙で作られた雌象に突進し、草の下に仕掛けてあった罠に落ちてしまった。象は捕まり、鎖につながれ、突き棒で拷問される。同様に、情熱的な男性は、女性の罠に落ち、最後に悲しみを経験する。故に、性欲は落とす必要がある。この事を象から学んだ。

15.鹿は、音楽を愛するので、ハンターによって音楽に誘われ、罠に摑まえられた。同様に、淫らな女性の音楽によって魅惑された男性は、破壊に至るだろう。卑猥な歌には耳を貸すべきではない。この事を鹿から学んだ。

16.魚は、食物を常に物色しているが故に、釣りの餌に簡単に引っかかってしまう。同様に、食物に強い欲求を持っている人は、味覚が最上位に立って彼自身を支配しているので、自身の独立性を失っており、簡単に不幸を経験する。したがって、食物に対する貪欲さは、破壊される必要がある。この事を魚から学んだ。

17.ピンガラというダンサーが、ヴィデーハという町にいた。ある夜、彼女は顧客を探すことに疲れ、絶望的になった。しかし彼女は、自分がその夜持っていたもので満足をした。すると、安眠することができた。この事から、望み(願望)を放棄することが満足を導くということを学んだ。

18.ワタリガラス(普通のカラスより大型)が肉片を拾った。ワタリガラスは、他の鳥たちから追いかけられ攻撃された。ワタリガラスは、肉片を落として、平和と休息を達成した。同様に、全ての人が感覚的な楽しみに夢中になるとき、結果としてトラブルと惨めさを経験するが、その感覚的な楽しみを捨てると、この鳥のように幸せでいられる。この事をワタリガラスから学んだ。

19.赤ちゃんは、乳を吸っている時、全ての注意や心配・不安から解放されている。そして、いつも陽気である。赤ちゃんから陽気であることの徳を学んだ。

20.ある未婚女性の両親は、彼女の適切な花婿を探すために出かけていた。女の子は、家で一人だった。両親が不在の間に、同じように結婚相手を探す人たちが、彼女を見るために家にやって来た。彼女は一行を自分でもてなすことにした。
米の脱穀をするために中に入ったが、脱穀の作業をすると、両手にはめているガラスのバングル(腕輪)がジャラジャラと大きな音を立てた。賢い女の子は考えた。「このバングルの音によって、一行は私が脱穀していると気づき、この家は使用人に脱穀させることができないような貧しい家だと思うかもしれない。」
そこで女の子は、左右の腕に一連ずつのバングルを残し、残りのバングルを全て壊した。ところが、たった2つのバングルでさえ、多くの騒音を発した。女の子は、残りの2つのバングルも壊した。すると、彼女が脱穀を続けていても、騒音はしなくなった。

この女の子の経験から、次のことを学んだ。多数の人の中で暮らすことは、不一致、妨げ、論争や喧嘩を引き起こすことがある。2人の間でさえも、不必要な言葉や争いがあるかもしれない。修行に集中する修行者やサニヤーシン(出家者)は、世間を離れ、一人で暮らす必要がある。

21.蛇は、ねぐらにする穴を作らない。蛇は、他者が掘った穴に住む。同様に修行者やサニヤーシンは、自分自身で家を作るべきではない。洞窟や他者が建てた寺院に住む必要がある。これが蛇から学んだことだ。

22.弓矢を作る職人の心は、矢を研ぐことと矢をまっすぐにすることに、全神経を集中させている。このように職人が熱中して仕事に従事しているとき、ある王が全ての従者を連れて彼の店の前を通った。しばらくしてから、ある人がやって来て、王が彼の店の前を通ったかと尋ねた。職人は、何も気がつかなかったと答えた。
この事実は、職人の心がただ仕事にだけ没頭していて、彼の店の前を通ったのが何であるかを彼は知らなかったということ。この職人から、強烈な心の集中度を学んだ。

23.蜘蛛は、口から長い糸を出し、蜘蛛の巣を編み上げていく。蜘蛛は、自分が作ったネットの中に自分自身が絡まっている。同様に、人は自分の考えでできたネットを作り、その中に絡まっている。それゆえ賢い人は、世間的な全ての思考を手放し、ブラフマン(根本原理)だけを考える必要がある。これが蜘蛛から学んだレッスンだ。

24.カブトムシは、ミミズを捕まえ、巣の中にそれを置き、針で刺した。かわいそうなミミズは、カブトムシが戻り針で刺されることを常に恐れ、常時カブトムシのことを考えていたら、カブトムシそのものになっていた。
人は、それが何であれ、その人が常時考え続けている姿形となる。その人が考えるように、その人はなっていく。
このカブトムシとミミズから学んだ。常時アートマン(真我)のことを熟考することによって、自身をアートマンに変えようと。このようにして、全ての身体への愛着をはずし、完全なる魂の解放を達成しようと。


ヤドゥ王は、ダッタトレーヤの教えに非常に深い感銘を受け、世捨て人となり、真我への瞑想を常に実践するようになったという。

霊的成長を求める人は、ダッタトレーヤのように、毎日あなたに起こる事象から、霊的な学び(叡智)を得ていただきたいと願う。


ダッタトレーヤ神の祀られている寺院の中で、インド西部グジャラート州ジュナーガルにあるギリナール山は、巡礼の地として有名だ。
標高1039mの単独の岩山で、石段が9999段あるという。
 
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om tat sat.
om namah shivaya.
皆様にたくさんの祝福と恩恵がありますように、お祈りいたします。



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