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聖仙ヴィヤーサ

2012-05-15 Tue : インドの聖者
聖仙ヴィヤーサ Vyasa

 『原典訳マハーバーラタ』上村勝彦訳/ちくま学芸文庫には、以下のような記述がある。
「聖仙クリシュナ・ドゥヴァイパーヤナ(ヴィヤーサ)は、カーリー(サティヤヴァティー)*1が処女のままで、ヤムナー川の洲において、シャクティの息子パラ-シャラ*2との間に生んだものであり、パーンダヴァ兄弟*3の祖父である。彼は生まれるやいなや、その意思により急速に体を成長させた。この誉れ高い人は、ヴェーダ聖典とその補助学と叙事詩(イーティハーサ)とを修得した。
 何人も、苦行、ヴェーダの学習、誓戒、断食、子孫、祭祀にかけて彼を凌駕することはなかった。最高のヴェーダ学者である彼は、一つのヴェーダを四つに配分(ヴィヤス)した。(だからヴィヤーサと呼ばれる。)彼は高きもの低きものを知る梵仙であり、カヴィ(聖者・詩人)であり、誓いを守り、清浄であった。高名であり福徳の誉れ高い彼は、シャンタヌの家系を維持するため、パーンドゥとドリタラーシトラとヴィドゥラを生んだ。」
(第1巻 第54章2節~6節)

*1 ブラフマンの呪詛により魚となってヤムナー川に住んでいた天女アドリカーと、王仙ウパリチャラ王の間に生まれた男女の双子のうちの女児。
*2 偉大な聖仙
*3 パーンドゥ王の5人の息子たち。戯曲や映画作品として脚色されたマハーバーラタでは、中心的な英雄だ。ユディシティラ(ダルマ神より授かる)、ビーマセーナ(ヴァーユ神より授かる)、アルジュナ(インドラ神より授かる)、ナクラ、サハデーヴァ(アシュヴィン双神より授かった双子)の5人の英雄。


 叙事詩「マハーバーラタ」は、聖仙ヴィヤーサが作ったものであると伝えられる。成立年代は定かではないが、一般に紀元前400年頃から紀元後400年頃に現在の形を整えていったと推定されているそうだ。
 まず副次的な物語を含まない24000詩節の「バーラタ本集(サムヒター)」が作られ、それから聖仙はさらに、150詩節の要約を作ったという。全体では、18巻10万詩節(実際には約75000詩節)。主筋は、偉大なバーラタ族の物語であるが、その主筋の間に、たくさんの神話(例えば、宇宙開闢の神話など)、説話、物語、論説や、「バガヴァッド・ギーター」のような哲学的経典も挿入されている、偉大な超大作である。

 聖仙ヴィヤーサは、純粋性が少しずつ失われ乱れていくその時代性に気づいて、あるいは「トキ」の要請を直観したがゆえに、一つであったヴェーダを四つに分割した。さらに第五のヴェーダとして、古典のヴェーダを知らずとも「マハーバーラタ」を読めばヴェーダのエッセンスがわかるようにと、偉業を成し遂げてくださった。

『気づいた者を通して、自発的に、コトは起こる』のが、自然界の法則。
まさに、これらの偉業も、世の人々への大きな祝福なのだろう。

 また、次のような伝説もある。
「マハーバーラタ」に記述されているが、「ヴィヤーサは、ガネーシャにこの文章を筆記するのを手助けして欲しいと頼んだ。しかしガネーシャは、ヴィヤーサが中断することなく朗誦するならばという条件を出した。ヴィヤーサはそれならばと、ガネーシャは書き写す前に詩節を理解していなければならないという相殺条件を出した。」という。

 このようにして、ヴェーダ・ヴィヤーサは、マハーバーラタの全て、ウパニシャッド、18のプラーナを朗誦し、ガネーシャ神は自分の牙を折ってペン代わりにして、それを書き写したという。
 インド・ヒマラヤの聖地バドリナート(約3000m位)の近郊には、ヴィヤーサがマハーバーラタを朗誦したといわれる「ヴィヤーサの洞窟」とそこから10分程離れたところに「ガネーシャ洞窟」がある。約5000年の歴史があるそうで、神聖なヴァイブレーションが漂う場所だという。


『原典訳マハーバーラタ』上村勝彦訳を読んだとき、非常に惹きつけられるように一気に読んでいた。ちょうど、岡本天明氏がお筆取りしてくださった『日月神示』や出口ふで氏がお筆取りしてくださった『由来記』を読んだときと、非常に似た感覚であった。

 日本でもインドでも、古代においては、神と人は交わりながらこの世を構成していた時代があったという記録でもあるのかもしれない…。
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